5. 力の片鱗
「大河、挨拶」
シバの声で我に返った。
僕は、モニカ先生の記憶に吸い寄せられてしまっていた。
慌てて頭を数回振って、どうにか意識を戻す。
「ははは初めまして、ももモニカ先生。しば、芝……山、大河です」
深々と礼をして、どうにか挨拶を終えたけど、先生の記憶が衝撃的過ぎて、まともに前が見れない。
モニカ先生は……、昔、本当の父さんと親しかった。
他にも映像が見えた。僕くらいの年の男の子、高校時代の父さん、母さん、それから高校生が何人か。
僕は……、僕は初めて、誰もまともに教えてくれない過去の出来事を、瞳の中に見せてくれる人間に出会ってしまった。モニカ先生には、心の中を覗けなくする魔法がかかっていないんだ。
……いや、待てよ。
逆に、父さんと母さんにはその魔法がかかってるってことだ。
今までずっと、心の色しか見えてなかった。
ディアナ校長と一緒だ。僕の“特性”を弾いてる。
都合の悪い事実を、隠してるのか……?!
「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ、タイガ様」
変に肩に力が入った僕を見て、モニカ先生はそう捉えたらしかった。
リサさんは僕の様子がおかしいのに気づいたみたいで、また下から僕の顔を覗いてくる。
「な、何見て」
リサさんはじっとりとした目を向けて、首を捻っている。
「大河君、熟女好き……?」
「ち、違ッ!」
「……まぁ良いけど」
リサさんも、変な勘違いをしてくれてるだけだ。良かった。
まさか、モニカ先生の心の中を覗けば、ずっと引っかかっている何かに辿り着けるんじゃないかと思っていたなんて、気づかれたくない。
「ディアナ校長からお話は伺っています。タイガ様の不安定な“力”のコントロールや、魔法陣の使い方、武器の具現化の方法などを中心に教えるよう、仰せつかっておりますが、他にも何かシバ様からご希望があればおっしゃってくださいね」
モニカ先生は柔らかい物腰で、僕とシバに交互に目配せした。
「色々と時間もない。出来るだけ短期間で習得できるようにして貰えれば」
シバが言うと、
「かしこまりました。そのようにいたしますね」
モニカ先生はまたニッコリと微笑んだ。
うんうんと頷いた後、シバはぐるっと室内を見渡した。それからまた何度か頷いて、モニカ先生に神妙な顔を向ける。
「ここには他に誰もいないようだな。ところで、大河のことはどこまで?」
「大体の事情は存じております。――相当強力な“読心術”を使われない限り、秘密を漏洩することはないと思いますが」
“読心術”と言われて僕は息をのんだ。
『大体の事情は』ってことは、先生が僕の“特性”のことをディアナ校長に聞いていてもおかしくないってこと。
なのにどうして、心の中が見えたんだろう。
わざと見せてる……?
あんまり、油断は出来なさそうだ。
「私は塔に用事がある。面倒なことを押しつけて申し訳ないが、よろしく頼む」
「かしこまりました」
シバはモニカ先生にそう言って、早々と実習棟から出て行ってしまった。
「お忙しそうですね、シバ様は」
と、リサさん。
「ええ。“常時干渉”出来るリアレイトの干渉者自体が稀ですし、二つの世界、どちらの事情にも精通しているのですから、引く手あまたのようですね。昔から頭の回転の速い方でしたが、最近はますます精力的に行動なさっているご様子。事務仕事や折衝中心でご活躍ですけど、実はああ見えて、シバ様は剣の腕前も確かですし、魔法もかなりお得意なんですよ。タイガ様がシバ様のご子息と名乗ったところで、誰も違和感を抱くことはないでしょう」
モニカ先生は、随分シバを高く評価しているみたいだ。
あんまりよく分からないけど、シバが“上位の干渉者”っていうのは、どうやら間違いじゃなさそうだ。
「さて、タイガ様。眠っている力の程度や属性を確認したいので、少し、お時間をいただけませんか」
「は、はい」
先生の手招きに応じて少し奥に進むと、地面に二畳程のシートが敷いてあった。
「魔法陣だ」
リサさんが魔法を使っていたときに宙に現れていたのとは模様が違う。
もっと幾何学的で、スッキリとしている。
「この魔法陣は、潜んでいる属性に応じて様々な色を発します。それぞれに得意な魔法、不得意な魔法が存在しますから、なるべく得意なものは伸ばしますし、不得意なものは克服するか、別の手段でカバーしていくか、対策を練っていく必要があります。リサも入学したての頃にやりましたね」
「はい。私は炎系と風系、回復系が得意で、補助魔法系があんまり得意じゃなかったです」
直径一メートル程の魔法陣には、文字が書いてある。
全く読めない、見たこともない文字。
この世界独自のものなんだろうか。
「リアレイトには魔法は存在しませんが、タイガ様もある程度、創作物などで知識がおありかも知れません。まず、魔法には基礎となる属性があります。火、水、光、風、木、
僕は、魔法陣を見つめたまま、こくりと頷いた。
「この魔法陣では、得意な属性の色が強く出ます。不得意な属性の色は出ないか、弱く出るようになっています。それぞれの色がどういった魔法と対応しているのかは、後ほど解説します。タイガ様、どうぞ魔法陣の中心にお進みください」
モニカ先生の誘導で、僕はゆっくりと歩を進めた。
シートに上がり、魔法陣の中心、三つの三角形が重なったところへ。
ぼわっと、模様が光り始める。
強い赤色の光。
「赤は、炎や爆発系の魔法を示します。レグル様も得意でした」
その後に強い青色。
「青は水系。これは、シバ様の得意分野です」
それから強い黄色。
「光や雷系の魔法も得意のようですね」
緑色が弱く光る。
「援護、補助系魔法や風、木属性の魔法の色です。こちらはあまり得意ではなさそうですね」
続いて桃色も、あまり光らない。
「回復系も弱いようです。ここはリサがカバーしていく方向で進めましょう」
白色と紫色の光が、微かに光る。
「聖と闇の魔法には、殆ど縁がなさそう。なるほど、大体分かりました」
モニカ先生がそう言って僕の顔を見た直後、濃い緑色が目映いくらい強い光を発した。
「せ、先生、コレは」
リサさんが何やら驚いて、魔法陣の中の僕とモニカ先生を交互に見ている。
光は全然弱まらない。
「召喚魔法の色にも似てますけど……、違うかも。深い森の色。この色、もしかしたら」
モニカ先生が何やら難しい顔をしながら、魔法陣の中を覗いている。そのうちに、光はまた赤色に光り始めた。
「一通り、終わったみたいですね。タイガ様、魔法陣から出ても大丈夫ですよ」
僕の足が魔法陣の中から出ると、光はフッと消えた。
照度の高い光を浴びたせいで、視界が急に暗くなって、目がおかしい。
「最後の色、もしかしたら“竜の血”が反応したのかも知れません」
モニカ先生のひと言に、僕とリサさんは目を丸くした。
「あくまで推測ですけど、普通、あんな色には光らないのです。ディアナ校長が気にしていたのはコレですね。そして、古代神教会も気づいている。参りました。やはり、ご両親の“力”を濃く受け継いでいらっしゃる」
先生の顔は、明らかに困惑していた。
漂う温和な珊瑚色が、濁り始めている。
「も、モニカ先生は、全部、知ってるの……?」
「私はレグル様がまだ救世主だった頃から従者でしたし、ミオ様とも仲良くさせて頂きましたから」
ミオ。
それが、本当の母さんの名前らしい。
「シバ様がタイガ様に何も伝えていないことも、聞いています。話しにくかったのでしょう」
……モニカ先生なら、教えてくれるだろうか。
父さんも、母さんも、ディアナ校長も、何故かしら、僕の本当の親のことをあまり喋らない。
「ぼ、僕の両親って、どんな人? レグルになる前の、救世主だったって人は、どんなだった? 本当の母さんのことも教えてくれる?」
今、聞かなきゃ!
拳を握って強く訴える僕の腕を、リサさんがグイッと引っ張った。
「大河君、急にどうしたの? 先生、困ってるじゃない。そんな勢いで言われたら……!」
「だ、だけどリサさん! 僕は、僕は何も知らなくて」
「――良いですよ、教えても。タイガ様の知りたいこと、私の答えられる範囲で宜しければ、幾らでも」
モニカ先生は観念したように、ふうっと長い息を吐いた。
「但し……、今日のところはこれでお終いにしましょう。なんでもかんでも知りたいのは分かりますが、一度に全部お教えできる程、単純な話ではありませんから。それに、竜の力のことも、どうにかしなければなりません。一番強く出た色がそれなのだとしたら、まずは力の加減を覚えることが先でしょうね。また明日以降、タイガ様のお好きな時間にいらっしゃってください。私はなるべく、ここにいるようにしますから。タイガ様が自分の力を使えるようになるまで、出来る限り協力させていただきます」
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