4. 協力者

 リサさんの唐突な言葉に、思考が止まった。

 冗談で言ったわけじゃなくて、それは話の流れからきちんと推察していったことだとは思うんだけど。

 言い表せないくらいの違和感がそこにあって、僕はただただ呆然としてしまう。


「りゅ、“竜”に……?」

「通常、他種族の血が入ることは生物学的にもあり得ないはずだし、二つの異なる血を混ぜるのは“禁忌”とされているはずなんだけど……。話を聞く限り、そうなんじゃないかなって」


 ――ゾクッとした。

 ちょ、ちょっと、何を言っているのか分からない。


「まぁ、細かい事情も知らないリサでさえ、簡単にそういう結論に至ってしまうんだから、隠してたってしょうがないね」


 ディアナ校長は長いため息をつき、混乱する僕をよそに、諦めたように話し出した。


「何となく分かっただろうが、古代神教会が塔にやたらと口を突っ込んで来た理由がそれだ。……どうしようもないじゃないか。生まれた方には何の責任もない。大河のこともそうだけど、『どう生まれたか』ではなく、『どう生きるか』だということを、彼らは知らないし、知ろうともしない。リサの言う通り、大河には“竜の血”が混じっている。魔法の存在しないリアレイトでは顕在化しにくかっただけと考えるのが自然だ。今は人間の姿をしていても、“力を解放”したらどうなるのか、私にも分からない。今後もしものことがあった時、事情を知っている者が事態を収拾する術を持っていなければ、面倒なことになる。大変だろうが、その時に大河を静めるのもリサ、お前の役目だ」

「はい、校長先生」


 変な……、話になったぞ。

 ただ単に『救世主の子だから』『信仰する神の姿に似ていたから』という理由で古代神教会が僕の命を狙っている訳じゃなさそうだ。問題の本質は、もしかしてもっと深い所にあるんじゃないだろうか。


「不安か、大河」


 ディアナ校長の声にハッとして、僕は前を向いた。

 真っ直ぐな、落ち着いたいつもの調子で僕を見つめる校長の周りには、普段通りの薄紅色が漂っている。


「はい……」


 何か引っかかる。

 それが何なのか直ぐに分からないところが、とても……気持ち悪い。


「ところで、大河のことは“私の実の息子”、ということで受け入れていただく。間違いないですね」


 シバが言うと、ディアナ校長はこくりと頷いた。


「当然。いずれこうなることを想定してシバに預けることを許容したのだ。大河も、普段通りシバのことは父と呼べば良い。“神の子”が学内に紛れていると知られれば、またそれはそれで、面倒なことになるだろう。リサも他言はしていないね」

「はい、勿論」


 リサさんが背筋を伸ばし、キリリと顔を引き締めた。


「さ、話はこれくらいにして、協力者になってくれる者を一人、用意した。事情をよく知っていて、魔法力も高い。何より教え方が丁寧だと生徒の中でも評判らしいから、困ったときは頼りにすると良い。実習棟で待つように話してあるから、リサ、案内しておくれ」


 話を無理矢理切り上げて、ディアナ校長は立ち上がった。

 いつもの薄紅色の中に、濃い紫が細い筋を作って混じっているように見える。

 やっぱり、何か変だ。


「了解しました。さ、大河君、行くよ。シバ様も行かれますか」


 リサさんはすっくと立ち上がり、僕とシバを交互に見た。


「ああ、付いていく」


 シバも立ち上がったので、僕も慌てて立ち上がり、リサさんに誘導されるまま応接間を出た。

 校長室からの去り際に、シバがディアナ校長と何か話していたようだけれど、僕の耳には届かなかった。






 *






「おやおや、シバ殿。こんな時間に珍しい」


 校長室を出ると直ぐに、誰かに呼び止められた。

 太めの声がして、シバとリサさんが立ち止まった。

 廊下の向こう側から、ツンとした印象の、白髪混じりの男性が声を掛けてきた。グレーのローブを羽織り、赤っぽい色の中に紫色を漂わせている。どうやら、シバのことがあまり好きではないらしい。


「ああ、丁度良かった。クライブにも紹介しなければと思っていたところだ。今度、息子の大河がこちらで世話になる。よろしく頼むよ」


 クライブと呼ばれたその人は、深紫色の瞳を細くして僕のことをじろじろと眺めた。如何にもご機嫌斜めな様子で、僕は直ぐに目をそらした。なんだか、あまりいい雰囲気じゃない。


「なるほど、君が噂の。干渉者シバの息子ならば、相当な力が眠っているのだろうな。何せ、シバ殿は“あの方”と共に世界を救った英雄の一人。精神力を激しく消耗する“常時干渉”と“常時変化へんげ”を得意とする最強の干渉者の血を引き継いでいるというだけで、期待が持てますな」


 皮肉たっぷりに言うクライブさんに、シバは平常心を崩さない。漂う色にも変化がない。


「相変わらずお世辞が上手い。どの世界でも、出世するには口が達者な方がいいらしい」

「シバ殿は相変わらず口が悪い。敵は作りすぎない方が吉ですぞ」

「ご忠告ありがとう。では」


 不穏なやりとりの後、クライブさんは僕の方をチラチラ見ながら通り過ぎていった。


「クライブ先生って、シバ様にもあの態度なんですね」


 リサさんがふくれっ面でぼやいた。

 色も攻撃的だし、あんまり関わりたくないタイプだ。


「人間性はともかく、仕事は出来るからな。それに、外面が良い」

「へぇ~。外面だけ良くてもね。レグル史の授業、クライブ先生じゃなかったらもっと面白いのに。評判、良くないんですよ」

「はは。それは災難だ。クライブはおおかた、私の息子が来ると聞いて、わざと部屋の前で待っていたんだろう。彼の“リアレイト嫌い”は有名だからね」


 シバだけじゃなくて、そもそも“リアレイト”が嫌いなのか。


「我々干渉者はその世界にとって異質な存在。余所者を排除したいと思うのは自然だ。気にすることじゃない」


 魔法学校にも、いろんな人がいるらしい。

 ディアナ校長みたいに協力的な人ばかりとは限らない。

 クライブさんは、そう、念を押しているような気がした。






 *






 階段を二つ降りて、長い廊下を進む。それから一旦外へ出ると、本校舎の外観を初めて外から見ることが出来た。

 煉瓦造りの校舎は、外国の城のような外観をしていて、その周囲にある幾つかの建物も、古いヨーロッパの町並みにあるような、風情のあるものばかりだった。

 リサさん曰く、本校舎と実習棟の他に、研究棟や音楽堂、図書館、寮棟などがあり、生徒達は敷地内で殆どの時間を過ごしているのだとか。休日も学校は出入り自由らしくて、生徒達が好き勝手うろうろしているのだと言っていた。


「門限さえ守れば基本的に外出も自由だけど、敷地内は充実してるから、あんまり外に出る子はいないかな。それに、学校にはディアナ校長が張り巡らした強力な結界があるしね。この中にいる間は言論自由……なはずなんだけど。比較的安全なはずの学校でも身分を偽らなきゃいけないなんて。それだけ大河君が特別だってことだよね」


 リサさんが言うのはもっともだ。

 古代神教会、竜の血、禁忌……。校長室の中にいた短い間に、変な言葉が沢山出てきた。

 やっぱり何か変だ。

 シバはこんな話をしながら歩いている僕らに何も言わないし、ディアナ校長同様に、普段の色の中に濃い紫色を僅かに漂わせている。

 何か不都合なことがある証拠だ。


 煉瓦敷きの歩道の脇には、落葉樹が等間隔で植えられていて、花壇も整備されていた。途中途中にベンチがあったり、木製のテーブルがあったりと、羨ましいくらい整備されていて、自分の学校と比べてしまう。

 校庭にも沢山の生徒がいて、それぞれ木陰で本を読んでみたり、魔法陣の練習をしていたり、鬼ごっこみたいのをしていたりと、放課後を満喫していた。

 小学生くらいの子から、高校生くらいの人まで、年代も様々だ。

 並木の間から、大きな体育館のような実習棟の建物が見えてくる。


「ここで魔法学の実習をしてるんだ。他にも剣術だったり武術だったり、竜操術の訓練も一部実習棟を利用してる。実習棟を指定したってことは、その辺りの先生が協力者ってことだと思うんだけど……」


 リサさん先頭に実習棟へと入ってゆく。奥へ進むと、だだっ広い場所に出る。高い天井、地面剥き出しのスタジアムみたいな場所。

 その真ん中に、人影がある。

 背の高い、長い黒髪の女性。黒のパンツスーツがよく似合っていて、見た目はキャリアウーマンっぽいような。


「モニカ先生」


 リサさんが声を掛けると、モニカ先生はニコッと笑って少し顔を傾けた。

 シバは知り合いらしく、片手を上げて挨拶している。


「なんだ、モニカだったのか」

「ご機嫌麗しゅう、シバ様。その子がタイガ様ですのね。まるでレグル様が若返って現れたような気がして、胸がいっぱいです」


 モニカ先生は年齢不詳の美魔女っぽくて、柔らかい珊瑚色を纏っている。声を聞くと、見た目より随分可愛い感じがした。

 シバへの挨拶を済ました後、モニカ先生は僕の方を向いて、両手を胸に当ててニッコリと微笑んだ。


「初めまして、タイガ様。この学校で魔法学を教えています、モニカと申します。もう随分昔のことですけれど、レグル様にもシバ様にも大変お世話になりました。敬愛する方のご子息とお会いできたこと、光栄に存じます」


 丁寧すぎる挨拶に驚いて固まっていると、シバが隣で腕を小突いてきた。

 ハッとして僕はモニカ先生の顔を見る。

 ――と、モニカ先生の緑色の瞳を見た僕の脳内に、その記憶が一部、再生されてしまう。




………‥‥‥・・・・・‥‥‥………




『彼が……、この世界を救う力を得たという干渉者なのですか』


 モニカ先生の、今より少し若い声。

 目つきの悪い黒髪の少年が、いぶかしげに先生を見ている。


『よろしく頼むよ。俺のことは適当に呼んでくれて構わないから』




………‥‥‥・・・・・‥‥‥………




 ちょっと取っつきにくそうな、だけど何だか懐かしい。

 何だろう、ちょっとぼやけてて、ハッキリと顔が見えない。もっとよく、顔が見たい。

 その人が、僕の本当の――……。

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