星たちの夜
迷歩
星たちの夜
キン、キン、
キン、キン、
「ねぇ、何してるの?」
鉄琴のような、氷を砕くような、ガラスを打ち割るような、しかしそのどれとも違う音のみが鳴り響く。それ以外には何も聞こえない静寂を打ち破ったのは、一人の少年の声だった。
突然現れた子どもに驚きもせず、音を立てていた青年は微笑んだ。
「これはね、衛星を作ってるんだよ」
青年は少年に手元を見せる。少年は興味深そうにそれを覗き込もうとするが、青年の使う机が高すぎて見えかった。
「こっちに座りなよ」
「だって、高くて上れないんだもの。なんでこんな小さくて高い椅子なの? 机も細長いし。こんなんじゃご飯食べるもの勉強もできないよ」
ふふ、と笑って青年は答えた。
「なんでだろうね、昔ここは特別な飲み物を飲む場所で、そのためにはこの机とこの椅子がいいと思う人たちがいたんだよ」
青年は説明しながら机の向こうから出てきた。背が高く、黒いシャツに黒いスキニー、カフェエプロンだけが深い藍で、その所々に焦げ付きのような白い痕がある。少年はその白に見惚れていたが、青年に抱えられて、椅子に上がったため、それ以上エプロンは見えなかった。
「それで、なに? えいせい、って?」
「惑星の周りを回るもののこと」
少年が手元を覗き込むと、ガラスのように透明な石の塊が青年の手にはちょうどそこに収まっていた。つるんとした一部を除いては、青年の手により不規則に凹凸が施されていた。
「なにこれ、模様なの? でも、わくせいって、僕知ってるよ。いつも見てるもの。強い光の周りを回ってるものでしょ?」
「そうだね。僕たちがよく見ているものだ。そして、僕らの故郷だ」
「そうなの?」
「そうだよ。僕たちは、みんなそこからきたんだ。別々でも、みんな惑星から来た」
青年は微笑みを絶やさずに答える。
その間にも、あの音は鳴り響いていて、アイスピックのような器具で手元の石には少しずつ模様が施されていく。
少年は興味深そうに、口を少し開けてその手元をまじまじと見つめる。
「どうして、きみはえいせいを作るの?」
「うーん、代々の生業だからってのが大きいけれど、そうだね……」
青年は一瞬だけ手を止めた。
「もう永遠に戻れないけれど、故郷が、寂しくないように、かな」
真っ暗な夜が、少しでも短くなるように、隣に、光を。
青年は歌うように言いながら、手を止めずに衛星を穿ち続ける。
やがて時が立ち。
「できたよ。これで完成だ」
「これを、どうするの? ぼく、何かお手伝いできない?」
「いいよ、君には最後の工程の手伝いをしてほしい」
青年は桐箱から、真っ黒なグラスを取り出した。取り出してみると同じく真っ黒な蓋が入っていて、グラスの底は透明になっている。
「この中にそおっと、衛星を入れる」
青年は本当に、本当にそおっと、完成したばかりの衛星をグラスに入れた。音もなく、衛星は吸い付くようにそこに収まる。
「ぴったりだね」
少年は驚いたように声を出す。
「この衛星のための特注だからね。そしてここに、光を一滴落とす」
青年は戸棚から瓶とピンセットを取り出し、ピンセットを瓶の中に突っ込んだ。瓶の中でピンセットを少しだけ開いたあとすぐに閉じ、そのままピンセットの先がなににも触れないように、衛星の上に持ってくる。
ぽたり。
ピンセットをガラスの真ん中めがけてわずかに開くと、衛星の上に一滴の光が落ちた。途端、その滴は同心円状に広がる。
「わぁ」
少年は思わず歓声を上げた。
「君、その衛星にそおっと息を吹きかけてごらん」
青年はピンセットについた余分な光を指に落とし、味覚で楽しみながら言った。
「いいの?」
「いいよ、でも、そおっとね。あんまり早すぎると、つまらないから」
青年の言葉の意味がわからないながらも、そおっと、そおっと、と意識して、少年は息を吹きかけた。
「……なにも、起きないよ?」
「起きているよ」
ピンセットを光を片付けた青年がグラスの中身を見る。
「うん、よくできた。いい具合だよ、これは。君、上手いね」
よくわからないが褒められたので、少年は得意げになった。
「ほら、見てみなよ、ここにほんの少し、石の光のない部分が見えるだろう?」
「ほんとだ」
「さっき君が吹きかけた息で、この衛星の回る早さが決まったんだ」
「そんな大事なことだったの?」
「そうだよ。とても大事なこと」
「これ、名前はなんていうの」
「『月』だよ。この子には僕の故郷を回ってもらうんだ」
青年は確認が済むと、真っ黒な蓋でグラスを覆った。
「次故郷の近くを通るときに、忘れずに送らないとね」
「すてきなことだね」
「……僕には、これくらいしかできないけど、そういってもらえると、嬉しいよ」
暗い、黒い、夜に浮かぶ方舟の中。
いつもの静寂の中に、また音が鳴り響く。
キン、キン、
キン、キン、
〈fin〉
星たちの夜 迷歩 @meiho_623
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