第4話 帰郷

 加須巻はマティーレ中将と別れて、くじら座方面航宙軍大隊長室に向かった。

 くじら座方面航宙軍大隊長は、加須巻が准尉の肩書で航空士官学校を卒業した時の上官であった。


「アグストス上級大佐殿、またお世話になります。

足手まといでしょうが、よろしくご教育してください。」


「トーマス中佐、お前なら、大歓迎する。よく来てくれた。頼むぞ。

それにしても、バミューダトライアングル区域での活躍は素晴らしかったようだが、あんな無茶はここではするなよ。」


「SS―777の野郎が、ギリギリまでミサイルを発射しやがらなかったので、危なかったです。」


「奴らは、確実な距離を確保するまで、爆裂弾を打たないからな~。」

「ご心配をおかけしました。」


「トーマス.ゴンザレス中佐。この空母艦の爆撃中隊を任せる。」

「爆撃中隊をお預かりし、一層奮起して指揮します。」


「お前の命も、部下の命も安全を第一優先とせよ!」

「部下の安全を、第一の優先事項と心に刻んで、一層奮起します。」

「お前の安全もだろう。」

と、アグストス上級大佐は言って鼻で笑った。


 加須巻は爆撃中隊全員が待つ発進場に向かった。


「トーマス.ゴンザレス中佐に敬礼!」

と、中尉の腕章をしたヤン中尉は、三百人の爆撃隊航宙兵に掛け声を上げた。


「トーマス.ゴンザレス中佐です。的確に目標を決めたならば、

SSサイボーグに自機の安全を確保できる場所からの攻撃を指示しろ。

決してSSサイボーグ任せにしないように。

以上だ!」


「死戻り英雄の言葉とは思えない?」

と、あちらこちらでささやく声が加須巻には聞き取れた。


「生きて帰れと?」

と、中尉の腕章をした小隊長らしき女が声がけした。


「君の名は?」

「失礼しました。シーラー中尉です。第三小隊を指揮しています。」

「そうだ。生きて帰れば、次のチャンスがまたある。」


「次のチャンスにも、成果を上げて見せます。」

「頼む。生きている限り、何度でも成果を上げるチャンスを、、、ものにできる。」

と、加須巻は全員を見回した。


 加須巻は夢の中で、大きな赤いボタン花柄の浴衣を着た少女と、鎮守の森の社に上る石階段に腰掛けていた。


「太郎ちゃん迎えに来てくれたのね。

私はまたツシマ村の社(やしろ)に帰れるのでしょう?」

と花柄の浴衣を着た少女は目に涙をためて、加須巻の腕を握りしめている。


「なんっで?こんな遠くまで来たのですか?」


「誰もがいなくなった村では、誰もが無関心な鎮守の森に、知らない五人組が来て、私をさらったの。」


「なんで?この艦に住んでいるの?」


「私の本体が、五人組の頭目の子孫であるウキイシ.フソクウシによって、この艦船に持ちこまれたの。帰りたいわ、、、、。」

と、ボタン花柄浴衣の袖を目に当てて少女は泣き出した。


「大丈夫だ。何とかする。」

「ホントに。太郎ちゃんお願い。きっと、連れて帰って。」

と、加須巻の膝でさらに大声で泣きだした。


 加須巻ももらい泣きしながら、少女の頭をやさしく撫ぜさすった。


「偵察隊が敵影空母艦群多数と遭遇。すでに敵攻撃隊は発進した模様。」

との、スピーカーの怒鳴り声で加須巻は飛び起きた。


 爆撃隊専用発進場では、

すでに全ての爆撃機のエンジンは発動していた。


 加須巻は編成訓練なしのぶっつけ本番になってしまった。


加須巻は真新しい中隊長マークの付いた爆撃機に飛び乗るとすぐに叫んだ。

「第一小隊!中隊長マーク機の俺に続け!」


 加須巻機が発進口に向かうと、発進口脇の壁に佇んでいるボタン花柄浴衣の少女は、返ってきてとの合図か、手のひらを上向きにして小指から順番に指を曲げていた。


 加須巻は少女に微笑んで指でOKのマークを作ったら、少女は満面笑顔を返した。


 トーマス爆撃隊は、偵察隊の誘導場所に向かった。


「敵空母艦の護衛機は、全て戦闘機に預けろ。

後ろに衝かれたら、すべての爆撃弾を捨てても構わない。

決して空中戦に巻き込まれるな。

逃げ足は馬力のあるわれらの機体が勝っている。

生きてまた会おう。」


「左前方から、敵の爆撃隊です。交差します。」

「かまうな!俺らの目標は、敵空母群だ。

奴らの帰る家をなくしてしまえば、われらの勝利だ。」


 加須巻の目視できる距離に敵空母群の敵影が確認できた。このまま五キロ先まで直進、その後左に旋回しての攻撃!互いに交差することなく左側から攻撃する。」


 敵影攻撃艦からの迎撃ミサイルは飛来するが、トーマス隊のバリヤーを突破できなかった。


「第一次攻撃後は、再び左側に旋回して、爆裂弾の残っている機はすべをぶち込んでやれ。

爆裂弾の残っていない機は、いったん引き返して、再度爆裂弾を積み直して帰ってこい。現時点での作戦は以上だ。」


「奈々坊!無駄打ちするな!確実に狙え!」

「了解です。トーマス中佐。」

「いくぞ!」


「左二度。」

と、奈々坊が指示した。


 加須巻は初めてSSサイボーグからの指示に驚きながら、左二度に機体を傾けた。


 加須巻の機体から発射されたミサイルは、敵の発進口に向かって行き、発進口に吸い込まれた。


「中隊長すげ~。この距離から、

あんな狭い発進口へどんぴちゃだ!」

と後ろで八の字編隊を組んでいる後続機から叫びが響いた。


「右三度!」

二発のミサイルは、敵の攻撃砲台二カ所を吹き飛ばした。


 敵先頭空母艦に向かって、八の字編隊を組んでいる後続機から多数のミサイルが撃ち込まれた。


「全機上昇!」

と、加須巻が叫ぶと、敵先頭空母艦があちらこちらで爆発しだした。


「敵迎撃機多数!」

と、機体コンピューターの声がすると同時に、味方戦闘機が加須巻達の後ろ上空から敵迎撃機に攻撃しだした。


「各自、自分の前方艦を攻撃!」

と、加須巻は叫んだ。


 何百ものミサイルが敵艦隊に向かっていった。


 敵艦隊の爆発が起きるごとに、各編隊はきれいに並んで上昇した。


 加須巻の機体から発射されるミサイルは、的確に発進口や着艦口に吸い込まれていき、内部爆発を起こしている。


 加須巻達トーマス爆撃中隊による第一次攻撃により、敵空母はすべて破壊され、僅かに三隻攻撃艦だけが残った。


「残弾ある機体は、俺に続け。

残りの三隻攻撃艦と炎上中の敵空母を破壊する。」


 三百機の爆撃機は、一機も欠ける事無く加須巻についてきた。


 しかしながら、敵の迎撃機はいなくなったが、味方の戦闘機五百機のうち残っているのは三機のみであった。


 二度目の爆撃が終わると、敵艦からの反撃がなくなった。


「第一小隊から第十小隊は、警戒戦闘態勢。

残りの二十小隊は、戦闘機乗務員の回収をしてから帰還する。

直ちに戦闘機乗務員の探索を命じる。」

「すげ~!こんな一方的な勝利は、経験がない!」

と、シーラー中尉は無線越しに叫んだ。


 加須巻もトーマスの記憶が浮かんで、

マーガレットがインプットした、奈々坊の的確な先制指示対敵攻撃の優先順位のおかげだろうと確信した。


 脱出生命維持基に避難していた戦闘機乗務員全員を回収した爆撃隊は、母艦に向かって帰路に就いた。


 帰路の途中、敵の爆撃隊と交差したが、敵の戦闘機はすでに一機も見当たらなく、最初交差した爆撃隊の数は半数になっていたが、互いに燃料と攻撃手段がないことで、交戦することなくすれ違った。


「あいつら、帰る家がないのに、どうするのだろう?」

と、又もやシーラー中尉の無線越し声が全機に聞こえてきた。


 トーマス爆撃中隊が合流予定地にいた母艦群に着くと、三艦の空母のうち着艦可能なのは一艦のみであった。


 艦空母七艦のうち四艦の艦影はなく、

トーマス爆撃中隊の着艦予定のカガ空母艦は、着艦不能を感じさせる煙に覆われていた。


 加須巻は思い悩むことなく、カガ空母艦の着艦口に向かった。


「ご神体様!」

と、加須巻は爆撃機から飛び降りながら叫ぶと、通路口に涙顔の花柄浴衣の少女は佇んでいた。


 加須巻は少女の手を握りしめると、爆撃機に向かおうとしたが、少女の力は加須巻よりも強い力で通路に向かった。


 少女は提督室のねじれたドアを丁番から引きちぎり、部屋の中に加須巻を引っ張っていった。


 部屋に入った少女は、ぶっとい頑丈な書籍棚を持ち上げると、書籍棚の下には八咫鏡(やたのかがみ)ご本体が落ちていた。


 加須巻は急いで八咫鏡(やたのかがみ)ご本体を回収すると、少女の手を引いて爆撃機に向かった。


 爆撃機に着くと、加須巻は少女を奈々坊の膝に乗せ、コックピットキャノピーを閉めると操縦席に飛び乗り、煙の排気口となっていたカガ空母艦着艦口から発進した。


 加須巻の爆撃機が着艦口から発進した瞬間に、カガ空母艦は大爆発した。


 加須巻は意識もうろうとする中で、めまいを起こしたと感じながらも、意識を強く持って、もうろうとなりかけた意識に耐えた。


 加須巻は目の焦点を合わせようと、遠くの森を見つめた。


 加須巻は鎮守の森を確認すると、両親が残してくれた限界集落となってしまった故郷の家の庭先だと気が付いた。


「俺は夢を見ていたのか?」

と、不思議な体験だったと想いながらも、手に持っている八咫鏡(やたのかがみ)ご本体に気が付いた。


 鎮守の森鳥居下で、花柄浴衣の少女が大げさなそぶりで手招きしていた。


 加須巻は鎮守の森鳥居に向かって駆け出した。


 トーマスは再び透明な半円形の箱蘇生器で目を覚ました。

「出戻りさん。お帰り。私は誰?」


 トーマスは鼻で笑って、返事をしなかったが、

「私は誰?」

トーマスはパトラの心配気が気になったのか、

「お母さんは、いつから冗談を言えるようになったのだい?」

「じゃ~、貴方は、トーマスちゃんでいいのかな?」

「いいに、、、決まっているだろう。ほかに何といえばいい。」


 パトラは返事の代わりに涙を流した。


 パトラのラボ室のドアが勢い良く開くと、マーガレットと、マティーレ中将が入ってきた。


「もうそろそろ目が覚めると思ったので、止める守衛に蹴りを入れてやったわ。」

と、マーガレットは満面笑顔で箱に入ったままのトーマスを覗き込んだ。

「あたしはあなたの何?」

「肉屋の女将さんは、俺の嫁だと決めつけた。」

「トーマス!あなた!どっち!」

「何の意味だ?母もお前も変だよ。」

「本当にトーマス?」

「本当も何も、俺は昔から、生まれた時から、トーマスだろう。」

マーガレットも返事しないで涙を流した。


「ウキイシ.フソクウシ提督は、母艦に煙が充満しだすと、錆びた青銅色の板版がないと、半狂乱になり、あなたが乗ってきた偵察機に飛び乗って母艦から真っ先に逃げ出したが、運の悪いことに、発着口に飛び込んできたミサイルと鉢合わせになって、遺体も残らなかったわ。」


 トーマスはかすかながらも、何かの絵本で見た赤い花柄少女が浮かんだが、すぐに忘れてしまったようである。


「マーガレット。ありがとう。

あなたがSSサイボーグにプログラムしたメモリーカードは、最高だったよ。

SSサイボーグは少し人間臭くなったが、的確な判断力がついたようなので、軍に報告するつまりだ。」


「プログラム代金、もらえるかしら?」

とマーガレットは清々しい顔になった。


 加須巻は鎮守の森高床式社、床下で、穴を掘っていた。

「もう少し深くしてほしいな~。」

と花柄浴衣の少女は八咫鏡(やたのかがみ)ご本体を抱きしめながら、膝近くまで掘った穴にいる加須巻に懇願していた。


「私が待っていれば、みんなはきっと帰ってきてくれるよね。」

と花柄浴衣の少女は八咫鏡に話しかけていた。

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迷子様 かんじがしろ @tontontoyo

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