藤咲く園にて
藤の花が幾房も垂れる道の下で、王女は繰り返し自問した。
──なぜ。
なぜ、自分はあの白亜の
たった一度の失言で、すべてが無に帰す可能性には常に備えていたはずなのに。
これでもし本当に皇帝の渡りが絶えれば、王女は自らに課せられた使命を果たせずに終わることになる。
──なぜ、なぜ、なぜ。
足もとを飾る藤の花弁を一歩踏むたび、苦い自問と後悔が交互に王女を
春を迎え、彩りも鳥の
──やはり私には、初めから無理だったのでは。
陽光が道に描き出す光の
荷が重かったのだ。あの薄暗い王城の一角以外、祖国を知らずに育った女が、なけなしの浅智恵を
それでも、今日まで生かされたからには。
この身に巣くう
されどその唯一の望みさえも絶たれたならば。
藤棚が落とす影の下、王女は蟲のゆりかごへ手を伸ばし、問いかける。
──ねえ。おまえはどうして私を選んだの?
どうして死なせてくれなかったの?
そっと腹部に
父母に触れられた記憶が一度もないのも、兄とすれ違うたび
されど蟲は答えない。
王女にはそれが、唯一信じていた友からの、手酷い裏切りのように感じられた。
「あら、これはこれは第七妃殿下。お顔の色が優れないようですけれど、いかがなされました?」
ところが刹那、不意に行く手から甲高い女の声が上がって、王女ははたと足を止めた。溺れかけていた失意の海から浮上して、
持ち主の気性そのもので染め上げたような真紅のドレスに身を包み、
当然ながら、王女も彼女の正体を知っている。
王女より二年ほど早く後宮入りしたという、名門貴族出身の第二妃である。
「どこかお加減でも悪いのかしら。もしそうなら
そして同じく名門出身の侍女たちをずらずらと引き連れて現れた第二妃は、広げた扇の陰から王女の反応を盗み見るような仕草で言った。
この時間、こんなところで
ゆえに会談の成果は
「お気遣い痛み入ります、第二妃殿下。お察しのとおり、実は少々気分が優れず……これから宮へ引き取り、少し休息を取ろうかと思案していたところです。ですが宮医を呼ぶほどのことではございませんので、ご安心を」
「あら、そうですの? ですがご無理は禁物ですわよ。どうやらお
まるで舞台役者のごとく大袈裟な抑揚を声音に乗せて、第二妃は扇の向こうから王女の顔色を透かし見た。その瞳がやはり弓形を描きながら、しかしわずかも笑っていないのを見て取って、ああ、と王女は合点する。
どうやら第二妃は王女が腹の蟲を撫で摩っていたさまを、懐妊の兆しをひけらかし、皇帝の寵愛は我が身にあると主張するためのものと受け取ったようだった。
恐らく虫の居所が悪いのだろう。
第二妃は七人の皇妃の中でも、特に
加えて、皇太后の茶会に招かれたのが第七妃たる王女のあとだと知ってしまったのである。ふた月に一度の茶会において、皇太后が皇妃を招く順序はすなわち皇妃の序列に直結している。つまり皇太后は名門出身の第二妃よりも、入宮からわずか半年足らずの王女の方が格上たるべきと、今日の茶会で表明したのだった。
ゆえに第二妃はこの辺境出身のみすぼらしい王女が気に食わない。ただでさえ入宮から数ヶ月、皇帝の寵愛を独占しているくせに、厚かましくも皇太后にまで取り入るなどと。微笑に見せかけた瞳の奥で、第二妃は確かにそう言っている。
だが王女は第二妃が思う以上に身の程を
「……ご忠言、有り難く拝聴しました。ですが月のものも絶えてはおりませんし、私ごときにはお気の早いお話です。今時分は花冷えで体を壊しやすいと申しますから、第二妃殿下もどうかご自愛くださいませ」
されど立ち去る王女の背には、第二妃の憎悪の眼差しがなおも鋭く突き立った。
ぎりりと噛まれた真っ赤な爪が、不穏な音色を奏でている。
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