M

 それからどうやって帰ったか、私は覚えていない。

 集落に帰る頃にはすっかり夜だった。私は誰とも話さず、人目を避けるように過ごした。


 夜も更ける頃、パトカーが何台も来た。行方不明者が出たと騒ぎになり、たくさんの警察官が現れた。放送が響き渡り、大人達が騒ぐ中、私は身を潜め続けていた。

 一人だけ、途中で鉢合わせしてしまった人間がいた。ナツの母親である。不思議なことに、皆が騒ぐ中、ナツの母親だけはどこか落ち着いた表情でいた。そして私のことを見ても、何も言わず、通報もせず、ぺこりと小さくお礼をして去って行った。

 ――たぶんあの母親は、ナツに何があったか、私達が何をしたか“わかっていた”のだろう。


 そうしているうちに朝が来た。再び夏の太陽がのぼり、騒然とする集落を照りはじめた。

 私は時計を見て、そして頃合いを見計らって親戚の前へと姿を現した。最初に駆けつけたのは母親だった。会って早々何かを喚かれた。続けて他の親戚や、警察官までもが来た。今までどこにいた。もう一人はどこへいった。ガヤガヤと色んなことを言われたけど、私は聞いちゃいなかった。


 視線はただあの山のほうにあった。


 額から汗がにじむ。蝉の声が鳴り響く。8月15日9時30分。

 私はポケットから煙草を取り出す。空を仰ぎ見る。


 やがてあたりに轟音が響いた。地の底から響く、人の声も蝉の声もパトカーのサイレンも、何もかもをかき消す轟音。


 真澄の空に、一発の閃光が打ち上がっていった。


 煙を吐き、目映いばかりの光をたたえ、それはぐんぐんと登っていく。推進器を切り離し、さらに上へ。高く高く、もっと高く、空の向こうの、そのもっと高みへと。


 ははは。


 私は笑っていた。願いが叶って、ただ笑っていた。

 見届けなくちゃ。

 本当に世界が終わったら、なんて思っているのは私だけじゃないはずだ。1999年7の月。きっと、何もかもさっぱりと、きれいに終わってほしかった人がいるはず。


 私は空を仰ぎ、その光の行く先をいつまでも見ていた。
















 やがて空の青に吸い込まれ、消えゆく光。




 それを見届けようとする私の心には、大いなる満足感と――そして、最後の最後でちょっとした疑問が生じていた。


 本当に良かったのか?


 私のせいで世界が終わる。世間知らずの、人生に見放された、アホな小娘の、たったひとつの願いのために。みんな終わりを望んでいたのだろうか。

 本当にこれで良かったのか。


 ……本当に?






 でも、まあ、なんだ。もう、どうでもいいか。


 願いも迷いも、何もかもを振り切るように、遙か高く、飛翔体が飛んでいった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夏の飛翔体 黒周ダイスケ @xrossing

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ