優しい、だけの男は要らない

403μぐらむ

第0話

 優那ゆなとつきあい始めたのは高一の二学期の終業式の後に告白されたからだった。


 この年の二学期の終業式は十二月二十四日でクリスマスイブの金曜日。翌土曜日がクリスマスの当日という、リア充には最高の日程だったけど、俺のようなリアルが空虚な者には全くの用無しの週末、ただの冬休みの始まりでしかなかった。


 それが、だ。


 通知票を担任から貰いその内容にやや気落ちしながら帰ろうとすると、同じクラスの佐々木優那から呼び止められたんだ。


城島きじま君、一緒に帰らない? ちょっとお話がしたいことがあるの……」


「お、おう。良いよ、行こうか?」

 なんて、平静を装っていたけど実はアドレナリンどばどば、心臓バクバクだったよ。


 女の子に一緒に帰ろうなんて誘われたのは生まれて初めてだもんな。しかも、意味ありげな誘い方だったから余計だったね。


 それで、帰り道の途中にある児童公園のベンチであっさりと告白されたんだ。


 当然俺には彼女なんてものは居なかったから、即OKしたよ。リア充爆誕の瞬間だったね。

 優那は美人とか美少女とかではなかったけど可愛い感じの子だったから、俺に迷いは無かったね。


 LINEの連絡先交換して、緊張したけどちょっとだけ手を繋いで駅まで歩いていったな。駅前のマックで門限時間ギリギリまで駄弁った後、帰る電車が逆方向でそこで別れたけど、家に着くまでずっとメッセージが途切れなかったのは良く覚えている。


 急なことで何も用意できなかったけど、翌日のクリスマス当日は優那にねだられてデートした。イルミネーション見たり、ホントささやかなプレゼントをあげたりした。


「来年はしっかり予定立てて楽しもうね」

 なんて優那は話したりして、スッゴく楽しかったな。



 女の子ってみんな同じなのか、俺の体験数が少なすぎて分からないけど、記念日とか優那は好きだったな。何でもかんでも記念日にするから、そのうち俺はそれぞれの日が何の記念日なのか分からなくなっていたよ。


「おつき合い一週間記念日が大晦日だよ! 二人で初詣に行こうよ」


 最初の記念日はこれだった。


 夕方に落ち合いそのまま、優那がどうしても行きたいって言っていた有名どころの神社に初詣に行ったんだけど、『初年越しデートだ!』とか『初初詣だよ!』何をしても喜んでくれるから楽しかったな。


 ふたりとも懐に余裕があったわけじゃなかったんで、デートはウィンドウショッピングか大きい公園で散歩とか慎ましいものが殆どだった。だけど、一緒の時間を過ごせるだけで幸せだった。ちょうど時期が冬だったので優那はスケートをやったこと無いからしてみたいって言っていて、調べたらショッピングモールに臨時のスケート場ができていたので連れて行ってあげたりもした。


 そういう時の優那は「城島くんて、すごく気が利くし優しいから大好き。私のわがままもちゃんと聞いてくれるなんて城島くん以外にはいないわ」って本当に嬉しそうなんだ。



 バレンタインデーに初めて彼女の部屋に誘われてチョコレートを貰ったときにはそれはもう浮かれまくったよね。彼女は喜んでいる俺を見て更に喜んでくれたしね。


 その日だったな。ファーストキスをしたのは。ホントに唇がフッと触れるだけぐらいのカワイイやつをするのがやっとだったな。だだ、そういうのはそん時だけだったけどな、優那はキス魔だったからどこでもチュッチュとキスのおねだりが凄かったしね。


 ホワイトデーの日は俺の部屋が見たいって言うから親の居ない隙に優那を招いて、ちっちゃいケーキと指輪を贈ったんだ。優那は泣いて喜んでくれてさ、最高に盛り上がって、そのまま初体験をしちゃったんだよな。勿論、偶然なんてことはなくてそれも目論んでいたから用意万端で待っていたんだけどさ。二人とも初めてでまごついたけど上手くできて良かった。この後春休み明けぐらいまでが幸せのピークだったんじゃないかな?



 四月。俺たちは高校二年生になった。一年のときは一緒のクラスだったけど二年なったら優那は二組、俺は七組と隣同士どころか校舎さえ別々になった。一組から六組までは正面校舎という古い校舎に教室があり、七組と八組は右校舎という正面から見て右側に増設された校舎に教室がある。用事がなければいちいち行かない陸の孤島とでも言おうか? 渡り廊下があるし孤島じゃないんだけど。用事がないのに通ることはまず無いのは確かなこと。


 優那の教室に顔を出すにしても、授業間の休み時間じゃ往復しているだけで終わってしまうので、会えるのは昼休みか放課後だけになってしまった。その放課後さえ、優那は友だちに誘われてサッカー部のマネージャーを始めてしまったので、殆ど会えなくなった。


 優那は「湊、ごめんね。欠員が出たって頼まれちゃって、補充ができたらやめるつもりだから」と言ってくれていたけど、どうも楽しそうで辞めるような雰囲気はなかった。俺の名前も城島くんから下の名前の湊になったというのに、距離が離れてしまっている気がしないでもなかった。


 土曜日も練習、日曜日は試合。そのうちにすべてがサッカーに時間を注ぎ込まれていった。

 そんなこんなで四月の土日はほぼ全て二人で会うこと無く終わっていく。


 四月の最後の週。

「今度の土曜日、一緒に遊園地いかないか?」

 優那をデートに俺から誘ってみた。今までいろいろ忙しく、なかなかデートの時間も取れなかったので、遊園地のチケットを買って誘った。この日は優那の好きな記念日になる日だったから余計奮発してしまった。


「ゴメン。その日はサッカー部の練習試合の日だから無理かな? その次の週なら日曜日は空いているんだけどどうかな?」


 次の日曜日か。それってGWの最後の日だよね。GWの予定すら決めさせてくれないんだな。

 それに次の日曜日じゃ意味ないんだけどな。優那は知らないわけないんだけど、忘れているのか、もう興味が無くなってしまったのか……


「いいよ、仕方ないね。じゃ、来週の日曜日。練習試合がんばってね」

 それだけ言うのが精一杯で、優那の側を離れてしまった。


 嫌な予感もあったし、嫌な噂も聞こえてきていた。

『佐々木優那はサッカー部の井上洋介に告白されたみたいだぜ』


 噂では、一応告白は断った風な話だったけど、保留にしているって話の方もあって、そっちの方が信憑性があった。優那なりのをつけてから答えを出す、っていう話には心当たりがあるんだけど、それって俺のことだよな、きっと。


 今度の土曜日は、俺の誕生日なんだよな。あれだけ記念日好きの優那が忘れるわけ無いだろうし、これはもう『そういう意味』なんだろう。



 四月最後の土曜日。

 スマホのカレンダーアプリには誕生日ケーキアイコンが点滅しているが、何の感慨もない。

 メルマガぐらいしか誕生日おめでとうと言ってくれる相手がいない。


 万が一を思い、一日中スマホを手放さなかったけど、深夜零時、日曜日に日付が変わるまで優那からはメッセージもメールも電話も一切合切がなかった。


 いつの間にか寝ていたようで、目が覚めたのは日曜日の午後三時過ぎ。


 スマホのLEDランプが点滅しているんで、慌ててロックを外してメッセージを確認する。


『ごめんなさい。城島くんの誕生日って分かっていたけど気づかないふりした。私のわがままだけどごめんなさい。終わりにしてください。メッセージで伝えるなんてズルいのは分かっています。ごめんなさい。許してくださいとは言わないのでこのまま別れてください。今までありがとう。 佐々木優那』


 俺はスマホを壁に向かて投げつけた。

 当たりどころが良かったのか? 悪かったのか? 画面は粉々に砕けおかしな形に変形して、スマホは二度と起動することは無くなった。もう優那のクソなメッセージを見ないで済むかと思うと清々したよ。でも、既に一字一句すべて優那の言葉は俺の頭の中にインプットされてしまっていてデリートできないんだよね。ガンガン頭を壁や床に叩きつけたけど消せなかった。


 五月一日と二日に登校しただけで後全て休みで良かった。GW後半はサッカー部は合宿で日曜日まで帰ってこなかったようだ。次の日曜日に会うって話しまで嘘だったんだな。

 優那のやりたいことをすべて優先していたのに、距離がちょっと離れたら心まで離れていってしまうものなんだな。

「城島くんは優しいね」って、俺もそんなところまで優しくできないけど受け入れるしか無いみたいだな。








「俺の恋話って、こんなものだけど聞いていておもしろいか?」



 あの失恋から俺は五年以上もの間、恋自体できなかった。最初の頃は誰も彼も他人を信じることさえできない危うい状態だったもんな。五年経ってよくまあ、ここまで回復したものだよ。また恋できるようになったしね。


 高校卒業後専門学校を経て、俺はIT系の企業に就職した。ブラックでもないがホワイトでもない、どっちつかずだが悪くもない会社だ。


 一年ほど前の社外のセミナーに参加したときに知り合ったのが、仙道千春で今の俺の恋人だ。

 セミナー後の飲み会で酔ってしまった俺お持ち帰りされたのがきっかけ。徹夜明けだったとはいえ、流石に情けなかった。そのお陰で千春と付き合うことができたのだからよかったんだろうけど。


「それにしても何で急に昔の恋話を聞いてきたんだよ」

「ん~」


「『ん~』じゃ、わからないじゃん」

 千春はソファーに寄りかかったまま天井を向いて何か考えているような素振りを見せる。


「もしかしてって思ったんだけど、湊は昔もやっぱり湊だったんだね」

「なにそれ?」


「全然変わんないんだなーって思った」

「え?」

 どういう意味なんだ? しんと静まり返り千春の声だけが俺のワンルームにこだまする。


「あのさ、湊。あなた、優しいんだけど、それだけなんだよね。私があれをやりたいこれをやりたいって言えば文句も言わないで叶えさせてくれるし、一緒にだってやってくれるよね。未だに私に対してある意味お客さん扱いなんだよね。気づいてる?」


 登山がしたいといえば一緒に登ったし、沖縄でダイビングしたいといえば一緒に潜った。食べたいといえば作ったし、レストランにも行った。それの何がいけないのだろうか?


「湊はさ、私と何がしたいの? 湊のやりたいことって何?」

 やりたいこと? 千春の喜ぶ顔が見たい。


「じゃあ、私が他の男と楽しく喜んで寝たら、湊は嬉しいの? 満足なの?」

「そんなことあるわけないじゃないか!」


「そりゃそうだよね。でも、湊はずっと受け身なんだよね。主体性なんて全く無いじゃん、なんでも受け入れてくれるけど、受け入れてくれるだけ。何も私に要求してきてくれないし、全然私を引っ張っていってくれない。まるで私じゃなくてもいいみたい」


 優那の時もそうだった。優那がなにかしたいと言ってきて、それをやる。誘ってくるのはだいたい優那の方で、俺はそれを受けて用意するだけ。それが優しさだと思ってきたけど、違うのかな? 最後に遊園地デートに俺から誘ったら別れたんだし。


「湊はバカなんだね。誘ったから別れたんじゃなくて誘うのが遅すぎて別れたんじゃん。気づけよアホ湊。あなたの優しさは本当の優しさなんかじゃないの」


 そうなの、か? 


「どっちかの言うことばかり聞いていたら歪になっちゃうよ。持ちつ持たれつ、頼り頼られじゃないと長持ちしないよ。そういうのをちゃんとできることが優しさなの。自分のことも相手のこともちゃんと考えていられるのが優しい人なの!」


 そっか……だから俺はいわば飽きられて振られた、と。優那の希望ばかり聞いてるだけのつまらない男だったんだ。それは今も同じだ、と千春に指摘されている。


「そういうこと。で、湊はどうするの? 変わらないなら、変わるつもりもないなら私は今日で別れるつもりで、ここに来た」


 マジか。俺は千春と別れる気など毛頭ない。逆にそれこそ……


「じゃ、千春。今日泊まっていけっていたら?」

「泊まるよ」


 明日仕事なのに?

「朝イチここ出れば間に合うし。遅れても何なら休んでもいい」


「腹減ったから飯作ってって言ったら?」

「ぐぬ。あなたより美味しくはできないけど作る。できなかったら今からでも買いに行く」


「千春は俺のことどんくらい好きなのか教えてって言ったら?」

 殴られた。


「嫌い。嫌いすぎて、どうにかして私から絶対に離れられないように呪いをかけてやりたいぐらい嫌い」

「めちゃくちゃ好きじゃん」


「うるさい」

 耳まで赤くなっちゃって可愛んだ。


「じゃあ、俺と結婚しようっていったら?」

「………………」


「どうして無言なんだよ」





「……私はあなたの高校の時の女よりもずっと我儘だよ」

「うん」


「その女よりもずっと沢山あれもしたいこれもしたい言うよ」

「そうだっけ?」


「私は、記念日とか気にしないし、誕生日だって忘れるかも知れない」

「ああ」


「私はサッカーが嫌い。嫌いになった」

「それはとばっちり」


「私は嘘はつかない……ことはないけど、湊を傷つけるような嘘はつかない」

「ん」


「私は、大事なことをメッセージやメールでは済ませない……だから、言う」

「おう」


「あ、あのさ、湊。もう一回さっきの言ってくれる?」

「うん、何度でも。ああ、これ千春に頼まれたからじゃないよ。俺がいいたいからだから」

「……ばか」


「千春、俺と結婚してくれるかな?」

「し、仕方ないな。その申し入れは受けてあげるよ」

 そこはちゃんとデレてくれよ。


「ちゃんといってくれよ。大事なことはちゃんと言うんだろ?」

「……うん」

 ちょっと強く言ったらシュンとしてしまった。


「もう一回………千春、結婚しよう」

「はい、お願いします。本当はあなたとずっと一緒にいたいです……湊、大好きっ」

 さっきまで怒っていたのに今は号泣しているよ。


「ありがとう。千春だから俺は変われると思う。これからもよろしくね、愛しているよ」







 結局、千春はうちに泊まっていき、翌日は仕事を休んだ。


 俺は出社せず、リモートで勤務することにした。急遽だったけど、丁度仕事が薄かったのでリモート勤務要求が通って良かった。

 ただ、カメラ会議中にカメラに映らないところで千春が俺にいたずらするのですごく困った。


「では、終わったら送りますのでチェックお願いします」

『了解。じゃ、また後で』

 オフラインにして仕事を続ける。



「ねえ、湊。私三〇までに子供三人生みたいから、早く仕込んでよね」

「え~ 俺二三でパパなの?」

「私はもう二五なんだから仕方ないでしょう?」


『なあ、城島。何の話ししているんだ? 何を仕込むって?』


「「へ?」」


 俺は初歩中の初歩のミスを犯していた。カメラとマイクをオフラインにしたつもりで確認を忘れていた。つまりはオンラインのままで俺と千春の会話は全部会社の人に聞こえていたということ。

 千春がテーブルの下でいたずらしていたせいで気もそぞろになりミスってしまった。




「――ということで、俺たち結婚することになりました」

 仕方ないのでオンラインで会社に全部報告をした。


『『おお! おめでとー』』


 カメラの向こう側の俺の会社では、最近慶事がなかったようで仕事もそっちのけで大騒ぎになってしまった。他のリモートだった社員も次々とオンラインになってくる。社長も画面の隅に写ってはしゃいでいるし大丈夫だろう。


『城島。今日はもう仕事はもう上がっていいぞ。しっかり仕込めよ!』


 社長がバカなこと言ってプツリと突然オフラインになった。

 今度こそオフラインになっている。確認ヨシ!




「なんか仕事終わりでいいって」

「うん」


「じゃ、お言葉に甘えて仕込み作業でもどうだ?」

「………ばか」


 なんて千春は言いながらも俺をベッドに引っ張っていく。

 何だかんだ言いつつ主導権は千春が持つつもりなのか?





 ベッドの上での主導権は優しい俺がいただくつもりだけど、な。

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