第1章 鞍馬より 4
「身共には兄上たちの考えがさっぱり判りませぬ。父上が御隠れになりまだ日も浅いというに供もつけずにふらりと遠出をしたかと思えば、あのような何処の馬だか骨だか知れぬ娘を拾ってくるとは」
皆鶴が退去するのを見届けると、終始不機嫌な様子でいた若者――本吉四郎高衡が早速口火を切った。
「しかし四郎よ、あの娘の素性、本人の語る通りであるとすれば、少なくとも九郎殿に所縁のある者であることは確かなようだが。次郎、あの皆鶴という娘の言、お前はどう考える?」
「俺とてあの娘の謂いを鵜呑みにするほどお人好しではない。今日までの様々な騒動、あまりに時期が符合し過ぎる」
再び厳しい表情で眉間に皺を寄せる泰衡が呻くように答える。
「父上が亡くなって幾らも経たぬうちに再び九郎殿追討の院旨が出され、先日は加美之郡で鎌倉の間者と思しき曲者が捕らえられた。そこへ来て鞍馬より九郎殿を訪ねて女客が迷い込んでくる。どこまでが偶然か判らぬ」
「少なくともあの娘は始めから兄上たちの素性を知った上で素知らぬ態で此処まで乗り込んできたのでしょう? 怪しいですぞ!」
「無論、我らも最初は警戒しておった。しかし道中あの娘から何ら怪しからぬ気配は感じなかった。少なくとも間者の類ではないと某は考えるが」
泰衡に噛みつく高衡を宥める国衡の言には内心泰衡も同意見だった。昨夜から平泉に着くまでの間に、あのキイチという青年に少なからず好印象を抱いていたのだ。
「ところで、兄上はいつからあの娘が女人だと気づいておったのか? 先刻娘が頭巾を取って現れた時殆ど動揺せなんだが」
「いや、あの娘を馬に乗せた時にな、どうも青年にしては腰つきが妙な具合だと終始前に乗せていて馬に揺られながら思ってはいたのだ。何やら良い匂いもしたでな」
このエッチめと顔を顰め毒吐く高衡がおもむろに立ち上がる。
「身共はお暇致す。いずれにせよあの娘にはくれぐれも油断なされぬよう気を付けられよ」
床を踏み鳴らしながら広間を出る高衡に続き、では私もこれで、と吉次も席を立つ。既に夜更けである。
「娘、娘って言うがあの娘四郎よりも幾分年長ではないか」
「あれも年頃じゃ。捨て置かれよ」
年の離れた弟の背中に苦笑する兄の言葉に、泰衡も少し頬を緩める。
「しかしのう、四郎の懸念も当然のことじゃ。そなたもそれを承知の上であの娘を留め置くことを承諾したのだろうが」
「左様。短い道中ではあったが好ましい人柄であった。疑いたくはないが、かと言って九郎殿の行方を探っているとなればこのまま帰すわけにはいかぬ。そう思い兄上の提案に乗り申した。このまま放っておいて、この平泉市中を野放しに探られても困る。それに――」
泰衡の脳裏に、昨夜娘が傍らに携えていた大振りの太刀が浮かんだ。
(あの娘、誠に秘伝書とやらが目的なのか、あるいは――)
国衡も同じ疑念を抱いているのだろう。
二人、暫し同じ思いに黙り込んだ。
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