第7章 蒼旗翻天 8
「とうとう身共とお前の二人だけか」
二人並んで北側の森に馬を走らせながら、高衡が平四郎に微笑みかける。
その横顔を見た平四郎が、破顔しながら主に言う。
「そのお顔、まるで衣川高館に向かわれる道中の御館様にそっくりでございます」
高衡が驚いて聞いた。
「お前もあの合戦に加わっていたのか?」
「恐れながら、先陣五十余名の生き残りでございます。御館様や高衡様ら後詰の本隊へ鏑矢の合図を放ったのが某にございます」
「そうか。なんとも奇遇なことじゃ」
考え深げに高衡が頷く。
「ひょっとして、その中に居った頭巾の女武将を覚えておらぬか?」
ふと気になり尋ねてみると、平四郎は勿論と首肯する。
「凄いお方でした。我らの誰一人も太刀打ちできぬ義経の家来達を次々と討ち取っておられた。……最後は、炎を上げようとしている高館の中に飛び込んでいったきり、戻ってはきませんでした」
聞きながら、高衡の胸には様々なものが過った。十余年経た今になって知る、忘れがたい人の最後の戦い、最後の背中。
「お前とは、もっと話をしてみたかったよ」
笑顔を交わし合い――二人は揃って馬を止めた。
高衡達の前に、一人の若い騎馬武者が立ちはだかっていた。
徒兵が装備するような軽装の甲冑を身に着け、兜は被らず箒のような癖だらけの長い髪を無造作に束ねている。日に焼けた端正な顔立ちは青年のように若々しく見えるが、実際は高衡とそう歳は変わらないだろう。身に帯びる得物は薙刀と背中に背負った大太刀のみである。
「藤原四郎高衡殿とお見受けいたす。俺は武蔵国吉見の御家人横山党が一人、大串次郎重親と申す。貴公と剣を交えたい一心で、無理を言ってこの度の追討に加えてもらったのじゃ」
ニッと腕白小僧のように笑ってみせる。
高衡の判断する限り、この青年武者は言葉の通り純粋に自分と手合わせをしたい思いでこの戦に赴いたのだろう。邪な気が一切感じられない。こういう手合いは、嫌いではない。
背後から取り囲むように鎌倉の手勢が迫る気配が聞こえる。
「平四郎よ、先に行け」
青年を見据えたまま、傍らで油断なく弓を構える平四郎に高衡が声を掛ける。
「殿?」
「我らが軍旗、必ず城家に届けるのじゃ!」
その言葉の意味を察した平四郎が息を呑む。
「よいか、決して途中で倒れるな! 是が非でも生きて鳥坂城へ辿り着き、我らが蒼旗を越後に示せ!」
「……承知仕り候っ!」
力強く答えると、愛馬の嘶きと共に平四郎は次郎の傍らを駆け抜け北の林の方へと走り去っていった。
その背中をちらりと一瞥しただけで、重親は再び高衡に視線を戻す。
「忝い」
礼を言う高衡に青年は肩を竦める。
「礼には及ばん。あの旗手を殺めてしまっては、貴公ら一行がここで払った犠牲が犬死になってしまうからのう。これくらい、当然の武士の情けじゃ」
そう答えた後に、重親は鋭い双眸を高衡に注いだ。
「貴公の兄、国衡は俺が討ち取った」
相手の反応を確かめるような重親の視線に、高衡は動じなかった。
「……兄も本望であったろう。そなたのような涼しき猛者と正々堂々戦い、討たれたというならば」
「違う!」
青年が初めて怒りの様子を見せた。
「退却の途中で、泥濘に馬が足を取られ身動きできぬところを、義盛殿が矢を射かけて嬲りものにしておった。俺は、それを見かねて介錯したに過ぎぬ!」
悔しさを露わにして刃を軋ませる。
「俺は奥州一の豪傑と名高い国衡と刃を交わしてみたかったのだ! このような無様な勝ち手柄など犬にでもくれてやるわ! じゃがのう」
重親が馬上で薙刀を一薙ぎしながら笑う。
「何時ぞやの狩りの会で貴公の弓の腕前を拝見した時、直感したよ。阿津賀志山の化け物など、臆病風に吹かれた駿河侍の妄言かと笑っていたが、あの時はっきり確信した。貴公こそ『血煙』の正体じゃ、とな!」
重親が薙刀を上段に構える。高衡もまた、得物を握り直す。
周りを遠巻きに囲む追手達が手に手に弓を引き高衡に狙いを付ける。
「俺は強い武将と戦いたい、それだけじゃ。和田の腐れ外道や三浦の狒々爺の思惑など知ったことか。大木戸の悪夢と名の通った『血煙』をここで倒し、その後は更に強い剣豪に挑むのみよ! やい雑兵共よ、この一騎打ちに手出しは無用ぞ!
――『血煙』よ、覚悟はよいか!」
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