第5章 再会 3

 翌朝、沙羅は高衡の元を立とうとしていた。


「沙羅よ、頼みがある」

 見送りの際に、高衡は小さな錦の袋を沙羅に託した。

「これは、もしや……」

 高衡が頷く。

「皆鶴殿が最後まで握りしめていたものじゃ。刀と共に形見として預かっておった。百歳後か、千歳の後か、戦なき平和な世が訪れた時、その時代に生きる我らの末の者がこの種を芽吹かせ、花を咲かせてくれるよう、どうかこれを平泉に納めてきてほしい」

 小袋を受け取り、顔を上げた沙羅は、はっと息を呑んだ。

「四郎様、貴方はまさか……っ! では、昨日の問いは――」

 高衡はじっと沙羅を見つめた。それがすべてを語っていた。

「くれぐれも頼むぞ。我らの志を、後世の子孫達に伝えてくれ」

 沙羅は雪丸の方を向いた。

「小雪……?」

 凛々しい若武者然とした顔で、雪丸は頷いた。

「今の拙者の主は高衡様御一人。この命潰えるその時まで御傍についておりまする」

 その様子に不動の覚悟を見た沙羅は暫し後、哀しそうに頷いた。

「……そうか。二人とも、くれぐれも命を粗末にしてはいけないよ」

 高衡に向き直り、別れの挨拶を交わし深く一礼すると、沙羅は屋敷を去っていった。



「雪丸よ。すまないことをしたな」

 沙羅を見送ると、傍らの雪丸に高衡は詫びた。

「身共だけではない、お前の仇でもあった。なのに身共は斬ることが出来なかったよ」

 昨夜、皆が就寝した後も、雪丸が一晩中居室で泣き明かしていたのを、高衡は気づいていた。

 しばらく無言でいた雪丸が静かに口を開いた。

「……やはり殿は、忠衡様の弟君でいらっしゃる」

 見ると、雪丸は涙を潤ませて高衡の顔を見つめている。

「忠衡様はお優しいお方でございました。どんなに憎んだ相手でも振り上げた掌を途中で止めてしまうようなお方でした。それ故、義経にいいように振り回されておりました」

 仄かに頬を染め、主を見つめる眼差しの中に咎めの色は見えなかった。

「拙者は忠衡様の御傍に仕えていながら、忠衡様の暴挙をお止めすることが出来なかった。主君の死に殉ずることも禁じられ、本懐を遂げることが出来ませなんだ。ですが殿の中には、未だ忠衡様や藤原の御兄弟方が生きておられる。最後まで決して修羅にならなかった、お優しい御館様の御心が生きておられる。そして、いつも拙者の傍で優しく微笑んでくださる高衡様がここにおられる。拙者がお仕えするのは、殿を置いて他に居りませぬ!」

 そう言って雪丸は涙を拭いながら笑った。

「……小雪、すまぬ!」

 堪らず高衡は小さな身体を掻き抱いた。

「すまぬ、身共はこれから、折角生き残ったお前まで身共達の義戦に巻き込んでしまうかもしれぬ! いずれ起こるであろう藤原一門とは何ら関わりのない争いに、お前まで道連れにしてしまうかもしれぬ!」

 主の胸に抱かれた雪丸が、そっと目を瞑り顔を埋めながら頷く。

「この身命は大恩ある藤原家のもの、我が主君高衡様に捧げたものにございます。先程沙羅様に伝えた通り、この命潰えるその時まで殿の御傍についておりまする。……決して離れませぬ」



 この一月後、高衡と雪丸は鎌倉の地を去った。

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