第5章 再会 2
「……御館様の御子らがよく育ち、手元を離れたのを機に、一門の供養をと発心し、諸国を巡礼しておりました。先日、平泉陥落の際に命を救ってくださった畠山重忠様の元を訪ねた折、四郎様が鎌倉に居られると聞き、こちらに立ち寄らせて頂いたのでございます」
広間に通され、高衡、雪丸と共に座した後、静かに沙羅が語る。
「出羽越後から京へ向かう途中、基成様にお会いしました。幸いなことに御達者であられ、今は仏門に帰依され、毎日法華経三昧とのこと」
「そうか、基成殿もご息災か。身共ももう一度お会いしたいものだ」
安心したように高衡が頷く。
「しかし、よく会いに来てくれた。合戦から今日まで、さぞ辛い思いをしたことだろう」
沙羅は俯いた。
「……随分、源氏を恨んだこともございました。しかし、亡き里御前様のお言葉を思い出し、それがわたしの人として生きる支えとなり、仏の道に生きるきっかけとなったのでございます」
「義姉上の?」
何もかもを笑顔で受け入れ、まるで日向のように暖かな、既に亡き女性の面影が浮かんだ。
「人の生まれや氏素性、貴賤家柄に拘るなど、なんと詰まらぬことだろう。そもそも、同じ人など一人もおらじ。人という他は皆違う。皆が違うから面白い。面白ければ皆で笑えばそれで良い。
「そうであったか……」
「そうしたら先日、御前様が夢に現れ、お前、そんな毎日お念仏ばかり唱えて詰まらなくないの? と仰られたのですよ」
「はは、義姉上らしい」
三人揃って声を上げて笑った。
ふと、中庭に咲く菖蒲の花に目を遣る。今朝見た時とは随分色が違って見える。
「沙羅よ」
表情を改め、高衡が口を開く。
「先日、祖母様を殺め、一門を陥れた張本人と会った」
その言葉に雪丸が驚愕して顔を上げ、腰を浮かしかける。
「だが、その男はそれを深く悔いており、身共に刀を差し出し、贖罪の為、己を斬るよう求めた」
「それで、どうされたのですか」
沙羅は静かに高衡を見つめ、問いかけた。
雪丸も顔を強張らせたまま、主の顔を見つめている。
「――斬れなかったよ」
それを聞いた途端、わあぁっ! と声を放って雪丸が泣き伏せた。
沙羅は無言のまま、高衡をじっと見つめ続けた。
「教えてくれ、身共は間違っていたか。一門の仇敵を、この手で成敗するべきであったか」
雪丸の号泣を聞きながら、比丘尼は無表情で答えた。
「その方は貴方の一族の仇。貴方には十分、その方を斬る理由があった。それは人の情というもの」
高衡の目を真直ぐに見つめ、比丘尼は言葉を続けた。
「その方がどのような方かは存じませぬが、貴方は斬ることを躊躇う理由があった。それは貴方自身の情というもの」
比丘尼がにっこりと微笑む。
「拙僧に説教を求めずとも、既に貴方自身の中に問いの答えが出ているのではありませぬか?」
女童のように泣き続ける雪丸の背を撫で、沙羅は言葉を紡ぐ。
「人の情も、己の情も、悩み葛藤するは己自身。悩みを抱いた時には既に答えは見えている。だからこそ人は己の答えに悩み迷うもの。徒に人の言を求めてはただ迷いのみが性根に残り、迷いに惑うことになりまする。……その刀を託した娘ならば、きっとこんな風に諭したでしょうか」
ちらりと相手の傍らに置かれた太刀に目を遣りながら、悪戯娘のように笑う。
「――ありがとうございます、比丘尼殿」
迷いが晴れたように、高衡は深々と低頭した。
「本当に、貴方は伽羅之御所を走り回っていた時と全然お変わりがない」
くっ、くっ、と沙羅が笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます