第5章 再会 1

 正治二年(一二〇〇)水無月、鎌倉、高衡居所。


 節句の催しも終わり、穏やかな日々の戻った昼下がり、高衡はぼんやりと中庭の池のほとりに咲く菖蒲の花を眺めていた。

「……今年の菖蒲が、今生で見る最後の菖蒲かもしれぬな」

 誰ともなしに、高衡が呟く。

「殿は毎年同じようなことを仰られる」

 呆れた口調ながらも律義に雪丸が答えを返す。

「毎年どころか、花が咲くたびに仰られる。次は躑躅、紫陽花、果ては辛夷こぶしか。殿が何か呟くたびにハラハラさせられる拙者の身にもなって頂きたい」

「今日の我が身は明日にはあらじ。一年一年過ぎゆくたびに考えてしまう。景時様が討たれてから猶の事思い知らされる。まことに人の生き死になど判らぬものじゃ」

 

 長茂は、鎌倉を去った。

 景時を討った一味を断罪するよう幾度となく幕府に求めたが、逆に幕府は負傷の後に死亡した友兼の功を称え、その息子朝経に梶原所領を与えるなどしたため、激怒した長茂は完全に頼家を見限ってしまった。実際は頼家の権限は既に取り上げられ、景時を排除した側近勢力が大半の実権を握っているのだから、朝経加増の裏に隠された筋書きは読めないこともない。しかし、頼朝存命中には存在しなかった決して表に現れぬ不穏な勢力が、目に見えぬ触手を政所周辺に蠢かせているような不気味な気配を感じ、以来高衡も幕府から距離を置いていたのである。最も、排斥された景時の与党勢力と目されている謂わば窓際族の高衡が要職に取り立てられるはずもなく、自ら遠ざからずとも幕府の方からわざわざ声を掛けてくることもないだろうが。


 不意に、雪丸が立ち上がった。

「どうしたのじゃ?」

 見ると、雪丸は何かの驚きに目を見開き、門の向こうをじっと見つめている。

「まさか……そんなことって。ああっ!」

 そう呟くが早いか、ばっと玄関の方へと飛び出していった。

 入れ違いに初老の下人が現れる。

「殿。表に比丘尼様が見えております。面会を求めておられますが、如何致しましょう?」

「比丘尼? はて」

 心当たりもなく、首を傾げながら玄関へ向かうと、呆然と立ち尽くす雪丸の前に旅の尼僧が佇んでいるのが見えた。

「嘘……嘘……っ!」

 雪丸がしゃくり上げながら涙を流している。

「やあ、小雪。久しいね。なんだいそのお侍みたいな恰好は」

 くっ、くっ、と比丘尼が笑う。

 高衡は驚きに一瞬言葉を失った。

 その顔に、自然と笑顔が満ちる。

「……生きておったのか!」

 堪え切れずに雪丸が比丘尼に抱きついた。そして声を上げて泣きじゃくった。

 比丘尼も目に涙を浮かべながら、愛おし気に雪丸を胸に抱きしめる。


「――お久しゅうございます。四郎様」


 顔を上げ、元奥州藤原一門雑仕頭、沙羅はにっこりと微笑んだ。

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