第3章 狩りの会 1

 二ヶ月後、鎌倉郊外の狩場にて。


 林の中を見事な雄鹿が疾駆していた。

 それを追い詰める角が馬を駆り、藪雑木や巌の障害をものともせずに並走する。まるで鷹のように鋭い目を煌めかせキリキリと弓を絞り、長い髪を風に靡かせながら矢を放つ。

 首に矢を受けた大鹿が勢い余ってもんどりうちながら転げまわり、すぐに息絶えた。

フッ、と息を吐きながら掌で汗を拭っていると、すぐに馬に乗った狩衣姿の武者三人が角に追いついた。

「見事じゃ」

 妹の成果に、長茂が満足そうに頷く。

「なんの。まだまだ手慣らしにございまする」

 そう言ってニヤリと笑ってみせる角は、頼朝葬儀の日にベタベタと高衡(の刀)に纏わりついていた姫君とはまるで別人のようである。



 得物を担いで意気揚々と戻ってきた角達一行に、開けた野原に陣を張り集っていた武者達が皆賞賛、というか揶揄からかいの声を上げる。

「さすがは越後一の女将といわれる角姫殿。それに何ちゅう馬鹿力じゃ。馬に乗ったまま鹿を肩に担いでくるとは」

「なるほど。貴公うまいことを申される」

「大の男でも扱いに手古摺る強弓を軽々と捌いて見せる。いやはや、さながら女金時といったところかのう」

「おぬしら妾をおちょくっとるのか!」

 憤慨した角が呵々大笑する無礼な武者達に向かってブンと鹿を放り投げた。


「なかなか涼しい女傑じゃのう、そなたの妹君は。もう十年早く生まれておれば剛の武将として先の大戦で大いに功を立てておったであろうに。惜しいものじゃ」

「勿体なきお言葉。さぞ妹も喜ぶことでございましょう」

 愉快そうに眺める景時の言葉に、長茂は畏まって礼を述べる。

「それにしても残念でございますな。折角の上様主催の狩りの会、このように天気にも恵まれましたのに、肝心の上様が御欠席あそばされるとは」

「ふむ……」

 景時が何とも言えない顔をして頷いた。



「上様の御容態、いかがなものだろう?」

人気の離れた林の中で、声を潜めて問う者がいる。景時の息子、景季である。

「何、臍を曲げておられるだけじゃ。そしてご自分を差し置かれて我らが狩りを楽しんでおるのを思い益々ご機嫌を損ねられる。いやはや」

 腕を組み難しい顔をした能員がそれに答える。

「問題は政事の方よ。相変わらず我ら古参の側近を締め出し、数名の若い家臣のみを御免状付きで出入りさせておる。お蔭で彼奴等はすっかり御所内で幅を利かし、巷間でも不穏な噂が流れ始めておる始末。困ったものじゃ」

「能員殿、暫しお耳を」

景季が顔を寄せる。

「やはり北条には何やら企みがあるようです」

 あたりを憚るように声を落とす。もし万が一他の者の耳に入れば、只では済まぬ内容である。最悪、謀反の濡れ衣を着せられかねない。

「先の合議制の稟議についても、時政が別当殿に口添えし書かせたものであるとか」

 能員が唸る。

「上様の御心情は別として、建前は一見真っ当な内容ではある。中立的な立場である広元殿も時政の提案を突き返す理由はなかったのであろう」

「時政ら北条は上様の弟君、千幡様に随分取り入っている様子。どうやら彼奴等の魂胆が見えてまいりましたな」

「とはいえ、千幡様はまだ十を数えたばかり。北条の神輿に乗せるにはまだ目方が足りぬだろうが」

「御身内のこの動き、尼御台あまみだいは存じておられるでしょうか?」

「むしろ我らより深く関わっておるだろう。そしてなんとか動きを抑えておられるように見えるが、上様の近頃の目に余る狼藉の数々、尼御台にどこまで庇い切れるか」

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