第1章 黒鉄の騎士:part10 回想・鴨川デルタ②
「決意を固めたところで、実は」
男が俺に告げる。
「実はもう一つ、伝えるべきことがあるんだ」
いったい何だろう。そしてこの男は本当に何者なのか。
かの「百万遍」の一件で有名になってしまった、俺の存在を認知し話しかけてきた。
完全に腑抜け状態になっていた、俺の心を決めさせた。
改めて考えれば、わざわざそんなことをする以上、
何かしらの目的はあるはずだ。
「お前がどう心を決めるかで、言うかどうか考えていたが…お前は一人じゃない」
「泰成さん、お願いします」
俺が疑問を呈する間もなく、後ろから音もなく現れるのは、狩衣姿の、より小柄な、丸坊主の中年男性。こちらは傘をさしている。
「…私は
「息子が大学で、大変よくしてくれていると話していたよ」
俺の「長木槌」のような、自然界の力を借りることで、絶大な力を持つ「法具」の力を打ち消し、
力次第では法具そのものや、術者の力までも封印してしまう術「封印術」。
この国では法具同様、古くから発達してきた技術である。
現在国に認知されているものは、大別して四つの方式に分けられる。
「キツネ式」というのはその一つだ。伝承によれば、稲荷神社発祥の術だから「キツネ式」とのことらしい。
しかし、俺が気にしたのは男が封印術の使い手であるということではない。
意識に入ったのは3つ。名字。息子の存在。そして「よくしてくれている」の一言。
「息子…まさか!」
俺は刮目する。
俺と「よくしてくれる」などというレベルで絡む大学生など、一人しかいない。
そして、この名字。
「清麿の…父さん…!?」
狩衣姿の男―清麿の父さんが首肯する。
「いかにもその通りだ。だが、先ほど『彼』が述べたように、『一人じゃない』というのはまた少し事情が異なる。単に、清麿が君の友人というだけではない」
「…何か、別のものがあるというのですか?」
「城築君、君は出雲の一族の大半が滅びたと思っているな」
「…生き残りがいたとして、それは『敵』ですよね」
俺が知る限り、出雲の戦いで俺たちの立場に立った人は、みな逝ってしまった。
「ただ、出雲の一族から他県の家に嫁入りや婿入りをしたという例は聞いたことがないかな?」
祖父の兄弟姉妹までは知っている。全員島根県内に住んでいた。
俺は首を横に振る。
「ならばはっきりと言おう。私の祖母は出雲の総本家の、2代前の当主の妹」
「すなわち、君の曽祖父の妹にあたる者だ」
「!!」
まさか、まさかまさかまさか。俺は目を見開く。
この人は俺の親類なのだ。ということはこの人の息子である清麿も…!!
「俺は…一人じゃないのか…!」
親友がまさかの親類だった。まさかまさかの展開である。
俺の感情は歓喜よりも安堵よりも、何より驚愕が優先する。
「君の『総本家の当主』という役割上、『保護下に入る』のは難しいだろうが、君さえよければ、堺にたまに遊びに来るといい」
「清麿は、このことを知っているんですか?」
「いや、まだ教えてない。今日教えようと思ったんだが、あいつ大学にこもっててなぁ」
清麿は研究関係でずっと学内にいるのだった。
「君の方が先にあえたから、先に伝えたということだ」
清麿も愉快な人ではあるが、父親であるこの人もたいがいである。
相当久しぶりに、ポカンとあっけにとられる感覚を覚えた。
この1年、こうした感覚は忘れていた。
「この世でも一人でないと分かった以上、『鉄の一族』総本家当主として存分に励むことだ」
「『彼ら』は君の活躍を見ている。そうした意味でも、君は一人ではない。それを忘れるな」
みんなが守ってくれた命。それが無駄でなかったことを、俺は示していく。
「さて、俺はこの辺で失礼する。泰成さん、彼のことは頼みます」
雪を踏む音が聞こえる。黒ずくめの男が去ろうとする。
「待ってくれ、あんた、名前は…」
去り際に、俺が急いで聞く。
結局この男が何者なのかわからなかった。
せめて、名前だけでも憶えておかなければ。
「…名前か。俺は―」
坂東信濃法具戦記二〇二三 和泉 守 @Mamoru-Izumi
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