第1章 黒鉄の騎士:part9 回想・鴨川デルタ
―西暦2022年12月 京都府京都市―
生活費を稼ぐために家庭教師を掛け持ちし、多くの子供に勉強「だけ」を教え、
大学で親友と会い、農科の演習場で食べ物の研究をする日々を送る中で、1年が過ぎた。
俺がどう思おうが、鉄の総本家、あるいはそれに連なる分家は俺を除き全滅。
さっさと家を継ぐべく大学を中退ないし休学し、島根に戻ることも考え、大学を通して国に提案したこともあった。しかし政府側の使者と思しき人からの回答は、全く違う文面であった。「せっかく京都帝大に進んだのであるから、その『ブランド』を活かしてみてはどうか」とのことであった。
学力に不足がなければ、法具使いは帝国大学への進学を学費無料で認められている。
しかし同時に、帝国大学、あるいは指定の宗教系大学への進学しか認められていない。宗教系大学の場合試験は無試験であり、加えて学力が十分な場合には、帝国大学への高等教育を無償で受けられる代わりに、事実上政府の監視下にあるといっていい。
なるほど理にかなっている。もはや俺には何も残っていない、ならば今から自分を形作ることもできるはずだと思った。それであっても高等教育を受けるにあたり、無為に京都帝大に残るのはどうかと思った時もあった。国の都合でいずれ総本家を継ぐにあたり、大学を転学することも考えた。しかし最も島根に近いのは広島の帝国西教育大であり、現在の取得単位の分野では、転学が難しい状況であったために断念した。
ただ一つ、不思議だったことがあった。文面での回答が検察からのものだったのだ。しかしその時は、さほど気にはしなかった。
というのも時間がたつにつれ、孤独感にさいなまれ、心が苦しくなることが多くなってきたのだ。
やがて大学の演習場にすらもろくに足が動かず、清麿と会うのも河原町のあたりになっていた。
貯金はなく、生活費で収入が消えている状態であった。
それなりの遺産はあったものの、手を付ける気にはならなかった。
それどころか何もする気になれなかったのだ。
師である父や母も、仕えるべきだった兄や義姉も、
共に立つはずだった姉やいとこたちも、守るべき妹すらいない。
これまでの自分を取り巻く人が去り、自分の価値観のほぼすべてが崩れ落ち、
うつろな状態が続いていた。
そんな俺の前に現れたのが、あの人であった。
出雲の事件から1年ほど経った、雪の日の夕方であった。
賀茂川と高野川の合流点、鴨川デルタのあたりで、ただ無気力に座っていた。
唯一無二の親友である清麿も、その日は研究の関係で、大学にこもっている状態であった。
普段は人の通りも多いこの辺りではあるが、雪の影響なのか人通りも少ない。
傘もささずに座っている俺に気づかぬ人も、おそらく多いだろう。
「…出雲最後の生き残り、大国城築だな」
後ろからこう声が聞こえてきたときには、本当に驚いた。
「お前はこれからどうするつもりだ?」
振り返れば、一人の男。
身長170㎝に足りない程。俺よりもだいぶ小柄だが、どこか筋肉質な感じだ。
タヌキ顔の丸刈りに、左目に刻まれた切り傷の跡。
太い眉に似合わぬ、鋭く大きな目。
撥水性と思しき、漆黒のコート。
スリーピースのスーツも、ネクタイも漆黒。
右のポケットには懐中時計が、左の胸には検事バッジがのぞく。
右手に数珠、左腰に漆黒の軍配。
そんな風変わりな、黒ずくめの人物が、傘もささずに俺に声をかけてきた。
バッジからして検事なのだろうが、どう見ても怪しいおじさんである。
ただし、俺と似たにおいを感じた。
そう、修羅場をくぐってきたという意味で。
「…俺は、どうしたらいいかわからない」
声に力が全くこもらない。この一年ずっとそんな感じだ。
「だったら、なぜ京都で百人も殺した?」
黒ずくめの男が問う。
「お前が何の目的も理想もなしに生きるなら、『本家を乗っ取る』という明確な目的のあった、あ奴らの方にまだ道理はあるぞ」
「お前が無為の当主となるのなら、生きるべき理由は彼らの方に生まれてしまう」
俺ははっとして、一年前の出来事を思い出す。
出雲の父。東京で看取った妹。そして百万遍の一件。
一族のみんなはもういない。
俺が、一族の当主だ。
思えばこの一年、空虚に過ごしてきてしまった。
皆が死んで、それにとらわれてしまった。
全く情けない限りである。
「言っておくが、復讐は理由にはならんぞ」
「復讐だったら、する相手はもういない。お前の親父さんが先にやってしまった。
残りの輩もこの一年で、お前が大半を片付けてしまった。
名のあるものは全滅。仮にこれから向かってくる者どもがいたとして、大した手ごたえはないだろう」
黒ずくめの男が口を開く。
「お前がただ生きるだけなら、おそらく先に逝ってしまった親父さんやおふくろさん、兄弟姉妹やいとこたち、一族の皆は向こうで泣くぞ」
「当主として、前向きに生きるなら、お前だけが生き残ってしまったことも、100人を殺したことも、何かしらの意義はあるはずだ」
俺は出雲の、鉄の一族の総本家、その当主。
一族の皆を率いて、守るべき立場にある。
だがその皆は、もうこの世にはいない。
俺だけは、まだ生きている。
ならば、彼らのためにできることはないのか。
彼らに胸を張って、生きているといえるためには、何をすればよいのか。
改めて思えば、答えは至極単純であった。
「…俺は、もう一度鉄の一族を立て直したい」
口から自然と言葉が出る。
「皆はもう逝ってしまったけど、その皆が守ろうとしたのが、『鉄の一族』の本家というものだった」
「その中で僕だけが生き残った」
「ならばその本家をもう一度盛り立てること」
「まずは『鉄の総本家の当主ここにあり』と知らしめることが大事だと思う」
男は、黙って俺の言葉に耳を傾けてくれる。
「京都帝大というブランドも、鉄の総本家という肩書も、法具使いとしての実力も」
「全部使えるものは使って」
「鉄の一族を、もう一度立て直したい…!」
「…それがお前の答えか。悪くない」
男が口を開く。
「ならば、その目的に向けて突き進め」
「そして、そのために、お前が言ったように、今あるもので、使えるものはすべて使うくらいの心づもりで行くといい」
この一言を受けて、俺は決めた。
まず、今は「鉄の一族・総本家」の継承者ここにありと世に知らしめる。一族はまだ終わっていないことを知らしめる。
そして、大学卒業後は島根に戻り、父さんの後を継ぐ。みんなの遺志を継ぐ。
こうして、俺は生きる意味を取り戻した。
「黒鉄の騎士」は、この時をもって誕生した。
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