第1章 黒鉄の騎士:part8 回想・百万遍の大惨事
―西暦2021年12月 京都府京都市―
家族全員を喪い、絶望に打ちひしがれながら、俺は京都に戻っていた。
大学でも俺の一件はすでに知れ渡っているのか、近寄るものも少ない。
わざわざ近づいてくる者は、ただ一人を除いて存在しない。
「城築はん、今日もご飯どうでっしゃろ??」
彼の名は
狩衣姿で関西弁をしゃべるという独特の風貌や言動が特徴の、京都帝大を象徴する変人でもある。
かくして、週に数回清麿と食事をする他は、半ば孤立した日々を送っていた。
それは忘れもしない、12月23日のことであった。
その日清麿は、堺の実家に帰省しており不在であった。俺は十条駅付近での、家庭教師のバイトから帰宅中のことであった。
出町柳駅から下宿へと歩いて行く。
道中、視界が大勢の人で遮られる。
京都帝大の北西側の交差点―百万遍―のあたりで、俺は突然囲まれた。
年齢層は老若男女入り混じっている。
獲物は刀、槍といったものから、クロスボウを持ったものまでいる。
銃器を持った者がいないのは、その音で問題になる可能性があるからだろうか。
そして、三人に一人は「木槌」を持っている。
出雲の分家の残党、あるいはそれに与する者どもであるのは明らかだった。
法具を使えるものは法具を持ち、そうでない者や、法具を使えながらも個数が足りない者は一般的な武器を手にしているのだろう。
その中には、年若い少女までいる。セーラー服と背格好から、おそらく15、6歳程度。木槌を持っている。
もしかすると、分家側の「切り札」なのかもしれない。表情は硬い。手足は震えている。
極めつけには包囲する中に、小刀を持つ幼児までいる。
それにしてもだ。
なぜ俺が家族を全員、失わなければならないのだ。
なぜこいつらには「徒党を組ンで襲ってクる余裕があるのダ…!!」
一斉に俺に向かってくる。
…こいつら、全員…!!
我に返った時には、俺は百万遍の交差点のど真ん中にいた。
周りを見る。
一面に人が転がっている。血だらけだ。
一人の少女が視界に入る。
手には木槌、セーラー服。仰向け。
セーラー服の腹部に穴が開き、血がどくどくとあふれ出ていた。
俺の意識もそこで途絶えた。
気が付いた時には俺は病院にいた。
視界に入るのは、看護師さんと女性警官。
俺はなぜここにいるのだろうか。体を起こそうとすると動かない。
よく見れば足にギプスがまかれている。
何があったのかよく思い出せない。
百万遍のあたりで、視界におびただしい死体を見たことまでは覚えている。
その直前に何があったかは覚えていない、二人にそう伝えると、警官がことのあらましを話してくれる。
「鉄の一族」の分家のうち、本家側と相打ちになったその残党が、俺を襲撃した。それは俺も理解している。
目撃者によれば、向こうは俺を取り囲み、一斉にかかったという。
俺は長木槌を起動させ、敵を乱打したという。
様相は必死だったそうだ。向かってくる敵を、片っ端から我武者羅に叩いていたという。
やがて向こう側は接近戦は不利とみて、木槌で弾丸を生成したり、クロスボウによる攻撃で俺から間合いを取ったという。
それに気づいたと思しき俺は長木槌で叩くのみならず、鉄の弾丸を生成し、遠距離からの攻撃にも対応していたそうだ。
かくして遠距離の敵も殲滅し、立つものは俺を除いていなくなった。
恐らく、この段階で俺が我に返ったのだろうという。
目撃者の身元の詳細は明かせないが、たまたま京都に来ていた、大阪帝大の女子学生ということである。救急車も彼女が呼んでくれたそうだ。
死者102名、俺を含む負傷者5名。無傷0名。
戦時を除く、一度の戦闘での殺害数としては、
近現代で最悪と言って差し支えない数字である。
のちの世に「百万遍の大惨事」と呼ばれる事件である。
俺も警察に連行されていたが、
目撃していた通行人の証言と録画から、多対一の状況であったことが証明されたことで、正当防衛が認められ、
しばらく警察病院に入院した後、検察に事情を聞かれ釈放ということになった。
死傷者107人の中に通行人などの無関係な人のみならず、警官などもいなかったことが非常に大きいという。
100人以上を殺害して無罪放免どころか不起訴というのは、戦時を除けば他に例がない。
「返り討ち」であることも大きいだろうが、
そもそも法具使いを含む百人に取り囲まれて生きていた例もない。
この時点で、「鉄の総本家」ならびに近しい分家筋は、
法具の使用可否を問わず、幼子含めて全滅。
向こう側の生還者は全員、法具を使えない者ばかりであった。
赤子はそもそも参戦していないため、裁判の結果、施設に預けられることに。
必然的に、これまで空位であった「鉄の総本家」の当主に俺が就任することになる。
当時わずか19歳。近代以降では歴代最年少の当主であった。
見舞いに来てくれたのは清麿ただ一人。
百万遍の事件の後も俺に絡んでくれた清麿のおかげでかろうじて己を保っていたが、
すでに自我は崩壊寸前の状態であった。
守るべき妹も、家族も、復讐すべき敵ももういない。
人を100人も殺めてまで、俺は何がしたい…?自問自答する日が、しばらく続いた。
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