第1章 黒鉄の騎士:part7 回想・出雲の悲劇③
警察で俺が聞いた、のちに「出雲の悲劇」と知られる事件の大筋は、以下の通りであった。
これまで、「鉄の一族」の、総本家と分家との関係は冷えに冷え切っていた。
地元の伝統を重んじ、さらなる権力を望まない総本家と、
権力を志向し、県の要職を目指す分家とでは、
互いのスタンスの違いからいずれ対立が起こるのは明白であった。
分家が権力を志願する理由が、本家を従わせることにあったと聞くのは、のちのことであった。
俺が出雲にいた時や、隣県・鳥取にある鳥取城高校にいた時もそんな感じだった。
しかし俺は本家の者でこそあるが、本家には跡取り「継承者」である長兄がいた。
将来的に家を継ぐべき立場にはなかったため、そこまで深く関心を持つことはなかった。
妹もまた同様であったそうだ。
事が急変したのは今年、2021年の9月。
分家の者で、今年で15歳になる者が「長木槌」に適合したのだ。
分家であっても、自家の法具に適性があった場合、
島根の一族であれば本家に赴き、「長木槌」の適性を確かめるしきたりがある。
俺が聞く限りでは、分家に適性があったという例は、鎌倉時代のころにただ一例だけである。
本家に適性のある者が生まれず、家名断絶の危機に陥っていた時だったそうだ。偶然分家側に適性のある者が生まれたため、家名の断絶を免れたという。
長木槌への適性者の出現、これをチャンスと見た分家は、
県政と法具界、両方で活躍するため、本家にとって代わるべく動き出した。
分家の中には県の有力者が多数いたため、まずは県に根回しをしたうえで、国に取り入ろうとしたそうだ。
しかし、適性を持つものは本家やそのいとこ、はとこの家系にも数多くいる状態である。彼ら全員の素行に不良があるわけでも、分家側の適合者が傑出しているわけでもないとのことで、筋に適ったものではなかったそうだ。
政府側の中には、分家側にとっての学友も多数いたそうだが、国がそう簡単に許すはずもなかった。
本来であればここであきらめるか、長期的な工作に出るのかもしれないが、
数十年の対立と、対立のさなかに湧き出た希望は、彼らの欲を駆り立てた。
力ずくで本家を全滅させ、後継ぎが分家側にしかいない、クーデタを容認させる状況に追い込もうとしたのだ。
法具や法具に対する「対抗手段」を所有する家で、日本国内に有力氏族の本家は10家存在する。
国際戦争への「法具」の投入は、100年以上前の一次大戦を最後に禁止されているが、二次大戦がもう少し長引けば我が国も、本土決戦の最終兵器として投入していたという。
それだけの「力」を持つ家、そしてその中核たる総本家が一つ欠けることは、国としては何としても避けたいと思うだろう。
本家側も異変を察知したのか、父や叔父たちは向こうを封じ込める、あるいは迎え撃つ作戦を立案しはじめた。
しかし察知して間もない時期の10月、作戦がまとまり切っていない深夜、分家側が突如夜襲をかけた。
午前零時を回ったくらいのことであった。
本家側についたのは、当主である父さんの、いとこまでの血縁者。
俺のはとこも、全員が父さんの側についていたそうだ。
これらに対し、すでに県議会で権力を握っていた分家の者たちがクーデタを主導。
法具は本来、数そのものが少ないのだが、「鉄の一族」の本拠地であるこの出雲では、一族そのものが多いのがあだになったといえる。
その結果、本家側のうち生き残ったのは俺、大国城築ただ一人。
本家側についた者、より正確に言えばクーデタ側につかなかったものは、老若男女問わず死亡。
「鉄の一族」の姻族すらも巻き込んだために出雲の病院だけでは受け入れが足りず、松江や安来、果ては米子の病院にまで搬送されたそうだ。
病院搬送時点で息があったのは、老若男女ひっくるめて、父と義姉の二人だけであったそうだ。
分家には県の有力者が多くいるため、警察を使って俺を亡き者にすることもできたのだろう。しかしそれができなかったのは、本家側の反撃により、分家のクーデタ参加者が文字通り全滅したことが大きい。分家の有力者はことごとく参加していた。そのため、指揮官を失った分家側は大混乱していたそうだ。兄が玄関で絶命していたのも、まさに玄関先で「長木槌」を使いことごとく分家を返り討ちにしていたことによるらしい。父が病院で口述したところによれば、クーデタの最高指導者は、疲弊していた兄と相打ちになったそうである。
将来は分家の最高戦力となりうるはずの、分家側の適合者の行方は知れなかった。
当時、中学三年生であった。
兄が交戦している間に、
俺の両親や姉、俺の従姉でもある義姉-彼女も「鉄の一族」だった-も交戦。
警察到着時点で義姉と父が虫の息、母と兄と姉が絶命という惨状であった。
双子の妹である巴も、向かってきた分家側の者5人を「木槌」で道連れにしていた。
最初、向こうにはいたぶる目的もあったらしいが、一人が即座に返り討ちに遭い絶命。巴の実力を見て、手加減無用の「殺し」に切り替えたそうだ。
かくして、分家のクーデタはあと一歩で失敗。
本家分家ともに相打ちという悲惨な結果に終わった。
分家側のクーデタ参加者は比喩なしに全滅。
本家側の生き残りも俺ひとり。
「鉄の一族・総本家」その当主の座に、
暫定的ではあるものの、半ば自動的に収まってしまった。
「兄と姉に何かあった時にはお前が当主を継ぐ」と父親には教えられてきたが、まさか本当にその日が来るとは、昨日まで考えもしなかった。
実感も、自覚も、ない。
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