第1章 黒鉄の騎士:part6 回想・出雲の悲劇②
―西暦2021年10月6日 島根県出雲市―
出雲空港に到着する。病院の駐車場でチケットは押さえていた。
羽田行きの飛行機に搭乗する前に、妹に電話をかける。
「城築!ぶじだったの!?」
ひとまず妹は無事のようだ。声が上ずっている。
「良かった、巴こそ無事だったか。俺は無事だ。先ほど父さんにも会った。巴は大阪に着いたのか?」
ひとまずいったん安堵する。
「大阪に行こうとしたんだけど…新幹線が人身事故で止まってるの。城築が無事で、連絡繋がってよかったぁ」
「…よりによって人身事故か」
「羽田から伊丹に行く方法も考えたのだけど…満席みたいで」
「なんということだ、今巴はどこにいるんだ?」
「東京駅から離れて、都内を転々としていたの。今は新宿まで戻ってきたところ。
父さんたちにも連絡しようと思ったんだけど、繋がらなくて…」
単に回線が繋がらない状態だったのか。どこかの基地がやられているのか?
この電話は奇跡的につながったといえよう。そう妹に伝える。
「確かにそうだね。ところで、父さんや母さんたちはいまどうしてる?」
俺の血の気が凍る。
父さんはまだしも、母さんの話を出すあたり彼女は何も知らない。
「気を落ち着けて聞いてくれ。家族は父さん以外…」
妹は文字通り絶句し、そののちすすり泣く声が聞こえたた。
親兄弟の事態までは知らされていなかったようだ。
父親以外が全員亡くなったことを話した後は、すすり泣く声も聞こえたが、
俺が「長木槌」を受け取ったことを話したあたりで、泣き声が止んだ。
声の色も、何か決意を固めたようになった。
事態を認識したのだ。次は私たちがやられる番だ。
だけど、「長木槌」があれば逆転できる、と。
俺がわざわざ京都から出雲に来て、羽田へ出るということは、
向こうも俺が何を持っているかはわかっているはずだ。
「俺には」うかつに手を出せないはずだと、父さんは言っていた。
「…うん、島根の事情はわかった。それで、私はどうすればいい?」
俺は考える。一番、安全を保てる手は何か。
分家の者の関係者に、警官はいないはずだ。
「出雲の件は恐らく警察も聞いているはずだ。ひとまず警察に保護を求めてくれ」
「…分かった。まず交番に行ってみて、不在だったら近くの警察署に駆け込むよ」
「気を付けて。俺も羽田に着いたらまた連絡する。最後に、『木槌』はちゃんと持ってるか?」
「うん持ってるよ、大丈夫!城築も気を付けて!」
そういって巴は電話を切る。
ひとまず無事を確認できた。
ここからは飛行機に乗る。通信はできない。
無事でいてくれ。間に合ってくれ。
そう祈る心地で、出雲を飛び立った。
結論から言えば、その俺の思いが、届くことはなかった。
羽田で携帯電話の電源を付けた時、
警察から着信が十数件も来ていたのだ。
焦って空港の到着ゲートを出ると、すでに迎えの警官が羽田にきていた。
妹は重体とのことであった。
新宿の交番はパトロール中でことごとく不在。
おまけに街中で警官とすれ違うこともなかったそうだ。
急いで警察署に行こうとしていたさなか、署まであと100mのところで襲撃に遭ったそうである。
大急ぎでパトカーに乗り病院に向かう。場所は帝国理科大の附属病院だ。
「巴!」
「…城築、無事…だったんだね…」
集中治療室には、何重もの包帯に包まれ、
体のあちこちから管が飛び出し、
見ていて痛々しい双子の妹、大国巴の姿があった。
「私は…もう…ダメかも…」
「馬鹿なことを言うな…!」
彼女は今や父さんと同じような姿だが、年下の、双子とはいえ妹となれば話は別だ。
小学校時代にあった祖父ちゃんの葬儀で、人が死ぬことに対する覚悟は、既にしていたつもりであったが、年下に先に逝かれるのはさすがに覚悟していない。
「最期に…あえて…よかった…城築…」
「どうか…無事で…鉄の…一族を…お願い…」
巴が目を閉じる。
「おい巴、しっかりしろ、まだ…」
妹の名を呼んでも、もう彼女が答えることはなかった。
彼女が世を去ったのは、それから数時間後の、午後八時過ぎであった。
俺はしばらく、彼女のそばを離れることができなかった。
泣き叫んで、文字通り縋りついている状態であった。
縋りついている間に、いろいろな情報が入ってくる。
反応はできないが、耳から頭にインプットされてしまう。
まずは、出雲にいる父さんが息を引き取ったという知らせ。
妹の死から間もなくのことであった。覚悟はしていた。
だがしかし、ことは我が家の範囲だけで済むことはなかった。
父さんの訃報から間もなくして、
母方の一族や、いとこやはとこたちの一族についても、父さんたちと同じような状態に陥り、
その全員が死亡したという知らせがもたらされる。赤子や妊婦までもだ。
さらには島根にいる一族のみならず、九州帝大にいる従妹や、東京帝大にいる又従兄ら、県外にいる一族についても、
妹同様襲撃に遭い、その全員が命を落としていた。
襲われたのは、実家だけではなかった。
すなわちこの日、俺は天涯孤独の身になった。
実はわずかながらに、「敵でない」親類が残っていたと分かったのは、年がたった後のことになる。
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