第1章 黒鉄の騎士:part5 回想・出雲の悲劇

―西暦2021年10月6日 島根県松江市―



「なぜ…とうさん…こんな…ことに…」

俺は松江の病院で、父親と向かい合っていた。

父親はベッドに横たわり、いくつもの管が、体につながっている。

体には包帯がぐるぐる巻きになっている。


俺の故郷である島根の、警察からかかってきた電話で、

事の次第を聞いたのは朝の5時だ。

大学の東の吉田の下宿で、寝ていた俺は飛び起きる。飛んで自転車で京都駅に行く。

持ち物は携帯電話、財布、

そして警察の話を聞いた上で万一を想定して持ってきた、

きんちゃく袋に収まる程度の「木槌」だけ。

車と鉄道のどちらの方が、早く島根まで着けるか調べる。

わずかに鉄道のほうが早い。

始発で京都を出て、新幹線と特急を乗り継いで松江駅にたどり着いた時には午前10時になっていた。

駅には警官の人が待っていてくれた。そのまま大学の附属病院へと急ぐ。

案内された集中治療室には、父さんがいた。


母さん、姉さん、そして次期当主である兄さんは、警察が到着した時点で玄関ですでにこと切れていたそうだ。

先月兄さんと結婚したばかりの義姉さんは、しばらく意識があったそうだが、

僕が新幹線に乗っている朝六時過ぎに、息を引き取ったそうだ。


「建…無事だったか…」

父さんが口を開く。

「父さん…何があったんだ…どうして、何も知らせてくれなかった…」

「…俺たちが襲われた時間が深夜であるため、お前のいる、京都の山の方までは手が及ぶまいと判断した」

つまりは、敵襲。

「ただし、各地から人の大勢集まる東京は別だ」

「向こうの手先が紛れていたとして、深夜や早朝に動いたとして何ら不思議はない」

東京には、双子の妹であるともえがいる。

彼女は東京の国立にある、帝国文科大学に通っている。


「巴には…自宅付近に敵の気配がなければ」

「始発の新幹線で直ちに大阪まで逃げるよう、警察を通して伝えた」

「気配を隠して、新幹線で大阪まで逃げるようにな…」

「だったら、俺にはどうして出雲に?」

妹には大阪に逃げさせ、俺は島根に来させるつもりだったのはなぜか。


「…一つは、全滅を防ぐためだ」

「二人が同じ場所にいた場合、力不足で向こうの追っ手を撃退できない可能性があると考えた」

二人ともやられれば、出雲の「鉄の一族・総本家」は全滅。

それだけは避けなければならないと、父は考えたという。


「…そしてもう一つは『これ』だ」

父さんが、看護師さんに頼んで、長い、鈍色の布袋を持ってこさせる。

袋がするりと解かれ、中のものが明らかになる。

「!これは『長木槌』!!!」

使い込まれた、長さ2メートルはあろうかと思われる木槌。

鉄の一族・総本家当主の証…法具『長木槌』である。本来、兄が持っていたはずだ。

全国に散らばる鉄の一族の中でも、これを使えるのは当主に近いものだけ。

俺のいとこたちの中にも、これを扱えない者が多い。

はとこより遠縁になる分家では、適性があったという例は歴史上でも殆ど聞かない。


これを使えることは、総本家の当主たる上で必要不可欠である。

「これがあれば、使い手が未熟者二人であっても撃退することは十分だろう」

俺も巴も、どちらも長木槌に対する適性はある。

実戦経験はまだない。あってほしくはない。


「飛行機の関係上、時間だけ見れば巴のほうが早く着く」

「だが空港にたどり着くまでの道のりは長い」

「何よりわが一族の法具の関係上、『長木槌』ならまだしも、ただの『木槌』の場合」

「飛行機の中で対処することは難しいだろう」

飛行機という、地上から遠く離れた場所の特性上、

応戦するためには木槌による『力』を全力で使わざるを得ず、航空機の安全自体が保障できないらしい。航空工学に詳しい親友も言っていた。

力を制御すれば防戦一方になり、間違いなくやられる。

その点、『長木槌』であれば、まず長い槌自体が武器になる。白兵戦が可能になる。

エネルギーの効率も高いため、同じ出力であれば、鉄を使う部分も、最小限で済む。

つまり、東京から出雲に飛行機で行くのは、木槌「だけ」では危険とのことだ。


「その万一の危険を考え、お前をこちらに寄越したのだ」

俺を呼んだのは、陸上交通だけであれば、早く到着できるためか。

「警察が巴に連絡を寄越したのは朝の5時」

「だが、この時間になっても、巴から大阪に着いたと連絡がこない」

「!!」

まだ連絡がないのか。馬鹿な。

時間はすでに午前10時を回っている。

大阪には、とっくに着いていてもおかしくない時間である。

まさか。


「俺のことはいい…島根のことは後だ…」

父さんがむせながら告げる。

「その長木槌をもって、早く…巴の…ところに…」

「見つかる…急げ…時間がない…!!!」

父さんが、厳しい目で頼む。

看護師さんに父さんを預ける。

「頼む…今なら…まだ間に合うかもしれん…!!」

この時点で、父さんの最期に間に合わないことは覚悟した。


今は午前11時。

東京へ急ぐ手段は飛行機が最速。今からだと一番早い便で12時10分発だ。

車の免許は一週間前に、免許合宿で取ったばかり。

父さんの車を借り、出雲の空港へと急ぐ。

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