第1章 黒鉄の騎士:part4 飯田橋②
建さんの戦闘力は圧倒的であった。
「風の勇者」の名に違うことはなかった。
最初の敵を飛ばしたら、扇を開いてまた構える。
建さんの前と後ろから、同時に襲い掛かってくる。
おまけに右の木の陰から、私のほうにも向かってくる。
建さんが扇を一振りする。
一番近い3人を、神田川まで吹き飛ばす。
返す扇で、残りも吹き飛ばす。
川に飛ばされるもの。
ビルに飛ばされるもの。
木に引っかかるもの。
飛ばされ方は多々あるが、この間10秒もない。
恐らくざっと半分が、20メートル飛ばされた。
残り半分もやっとのことで、踏みとどまる状態である。
私も風が吹く間、目を開けることができなかった。
「…随分と俺の仲間を弄んでくれたな」
半分くらいが倒れたところで、謎の男が姿を現す。
新宿にはいなかった人だ。おそらく敵のトップだろう。
整っている面立ちに、すらりと伸びた高身長。
右手に握ったその獲物は、金色に輝く刀。
刀は「雷」の法具。雷の一族の一人だ。
「おまけに新宿では、俺の弟が世話になったそうじゃないか」
あの怖い5人の中に、この人の弟がいたのか。
あの時は緊張のあまり、面立ちまでは見なかった。
「…お前が何者かは知らないが、俺の親父は警視総監なんだ」
「お前らがどうなろうが、ある程度まではもみ消せる」
「君のような並の風の一族で、どうこうなるもんじゃないんでね」
男が、さも当然であるかのように口を開く。
「…なるほど、ハッタリではなさそうだな」
建さんが扇を改めて構える。
「兄として、黙ってるわけにはいかねぇよ」
「落とし前どうつけるんだ????」
男の低い問いとともに、建さんの背に敵が来る。
敵は二人。速い。何らかの法具だ。
右には気づいているようだが、左は気づいていないようだ。
車の音で気づいていないのだ。うるさい。
「危ない!!」
私が叫ぶと同じ時、上空から誰かが迫る。
男だ。木槌を持っている。
建さんが右側の敵を、ノールックのまま吹き飛ばす。
同時にやってきた男が、木槌で左の敵を叩く。金属音が響く。
左の男は地に倒れ伏し、頭を抱えて悶絶する。
ただの木槌ではなさそうだ。よく見ると長く、先端が黒い。
すかさず建さんが振り返る。
「貴様何をしている!?」
短髪に濃い灰色のスーツ、長い木槌を持った、大柄な、その男が怒鳴る。
「己の力はそのようなものなのか?」
「力がないならせめて、そこの女子を守り切って逃げるくらいはしないのか!?」
「戦うという手を選ぶなら、その程度だと己の背後を突かれてしまうぞ!」
建さんは無言で、じっと男のほうを見る。
「それよりそこの方、ご無事か?」
木槌を持った男が私に振り返って聞く。先ほどの怒気はない。
「助かった…ありがとうございます。お名前は?」
私が男性に尋ねる。
一瞬押し黙り、木槌を持った男が答える。
「…
「「!!!」」
私も、建さんも驚く。
名前は知っているが、顔は知らなかっただけに。
「あなたが…!あ、私は陽葵といいます」
「陽葵さんだな、無事でよかった。それで、そこの隙を見せたお前は?」
皮肉そうに、男が建さんに聞く。
「…僕は、岡谷建だ」
建さんの答えに、大国さんが刮目する。
「!!『岡谷』建…なるほど、その名字を名乗るというのは」
「お前の『力』を出せなかったのは、そういうことか」
大国さんに、建さんがうなずく。
「…ご存じなのかもしれないが、こちらもいろいろとあったんだ」
「今、ここは場所が悪すぎる」
「…僕の姿も分かってしまっているからね」
建さんが苦しそうに答える。
岡谷という名字に何かあるのだろうか。
私も家の関係で、この手の一族のことは、ある程度は聞いていたが、
当主の座からは遠いこともあり、まだ知らないことも多いと思った。
建さんも何者なのだろうか、只者ではない。
そして二人から敬語が取れている。
あらかじめお互いのことを知っていたのだろうか。
「…さっきは悪かったな、大国」
「こちらこそだ。城築でいい、行くぞ『同類』!!」
大国さんと建さんが私をはさむようにして立ち、
背中を向かい合わせにして、向かう人たちに対峙する。
「建さん、やっぱり大国って、あの…!」
私が建さんに問う。同姓同名の別人である可能性も一瞬考えた。
まさか、なぜ、どうして、「もう一人」まで東京にいるのか。
「…ああ。あの獲物、『長木槌』からしても十中八九間違いない」
建さんが扇を構え、振り返らずに肯定する。
「今から2年前、島根のある一族の大半が亡くなった『出雲の悲劇』」
「そして出雲の件の延長線上にある、『百万遍の大惨事』を生き延びた当事者だ」
突如、砂嵐が巻き起こる。
大国さんの木槌の周りに、さらさらと黒い砂鉄が展開される。
あの木槌は間違いない。鉄の力を操る「法具」だ。
右手には木槌を核にして、私の身長くらいの長さの、黒い槍が生成される。
左手まわりの空間には、長さ1mほどの、黒い盾が作られていく。
「島根に本拠を置く『鉄の一族・総本家』ただ一人の生き残りにして、現在の当主である」
「京都帝国大学・農科三回生」
「『黒鉄の騎士』大国城築だ…!!!」
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