ぼっちな俺の彼女はキスだけができない!

涼野 りょう

ぼっちな俺の彼女はキスだけができない!

 俺の名前は秋津大智。どこにもいる普通の男子高校生だ。俺の特徴と言えば、この高校を含めて友人が1人もいないことだ。

 全然普通じゃなかったわ……


「そうなんだ! この前町を歩いていたら、呼び止められちゃってね。それでせっかくだし、了承しちゃったんだ」


 俺の席の後ろでは、女子の数人のグループがワイワイと話している。

 その中心となっている女子は千歳優菜で、このクラスだけには留まらず学校中の人気者で、月に数回のペースで告白されているとか……

 そんな彼女らは雑誌のあるページを開いている。

 どうやら千歳は、雑誌の被写体として撮影されたようで、その雑誌が有名だったことと、千歳の元からの人気もあって、元から会った人気はさらに爆上がりしている。

 先ほど、トイレから戻った時にも、この集まりはしていたので少しではあるが千歳の写真を見ることができた。


 写真に写る千歳は、フリルの付いた白色のオフショルダーに、チェックの付いたロングスカート。

 女子高校生としては落ち着いている雰囲気を持っている千歳には良く似合っている服装だったのを見た。

そんな千歳を中心としたグループは休み時間のギリギリまで話し続けていた。


 それから授業が始まってしばらくした頃。

 後ろから背中をシャーペンでつつかれた。

 俺の後ろに居るのは、先ほどまで他の女子の話の中心となっていた千歳。その本人だ。


(な、なんだよ?)

(う~ん…… 何となくかな?)

(っていうか、痛いからシャーペンで突くな)

(じゃあボールペンでやるね)

(どうして、そうなるんだよ!)


 俺は痛くなってきた背中をさすりながら、千歳に文句を言う。

 そして、俺たちの小声は数学の担当教師には気づかれて注意された。……俺だけ。

 先生や。どうして俺だけに厳しいんですかね?




 時計の針が3時を指したとき。チャイムが学校中に鳴り響いた。

 他の生徒を見れば、体を伸ばしていたりして1日の授業を終えた疲れを開放させようとしている。


 そして、早くも後ろの席には千歳のグループの女子が集まっており、この後の部活への文句や遊びの予定を立てたりしている。

 俺はそんなグループを傍目に1人帰途についた。




 数人で歩く学生の中、俺は1人で歩いている。

 それから、しばらく歩いていたら周りには誰もいなくなった。

 それもそのはずで、この辺りの地域は学生、特に大学生向けのアパートが多くあって、他の高校生には馴染みのない場所だからだ。


「たーいーち!」


 他の高校生には馴染みのない地域。なはずなのに、そこにはクラスでも人気のある千歳がいた。


「ねぇねぇ? 今日はデート行かないの?」

「今日は行かないって言ったろ」


 そして、そんなクラスでも人気のある千歳優菜は、どこでも陰キャを貫き通す俺の彼女だ。




 俺の部屋は先ほども言った通り、大学生を中心とした学生向けの部屋になっている。

 その広さは、25平米で1人暮らしの学生には妥当な大きさだろう。

 そして、その1人暮らしには丁度良い大きさであるはずの部屋には俺と千歳の2人がいた。


「なぁ、千歳。前々から思ってはいたんだけどさ、どうして当たり前のように部屋に上がり込んでいるの?」

「もー。2人きりの時は優花って呼んでって言ってるのになぁ」

「分かったよ。優花」


 千歳改め、優花は頬を膨らませながら文句を言う。しかし、その顔は俺が名前を読んだだけで、一気に笑顔へと変わった。

 優花がこの部屋に上がり込んでくるのは、ここ最近は当たり前のようになっていて、既に部屋の一部は優花の私物で占領されている。

 その証拠に、優花は風呂場を使って既に私服へと着替えている。それは俺も同じなのだが…… 部屋の持ち主じゃない人がベッドで寝ているのはおかしくないか……


「ねぇ~ 今日の夜ご飯はどうするの? お腹すいてきたんだけどな?」

「まだ4時過ぎなの知っているか? それよりも人のベッドでぐうたらするなよ」

「えぇ~ いいじゃん減るもんではないんだから」

「いや、そうじゃなくて……」

「そ・れ・と・も? 私の匂いが残っちゃうのがそんなに嬉しいんだぁ?」


 俺はいまだベッドの上で寝ころぶ優花に煽られながら図星を付かれた。


「…………なんかイラついたんだけど」

「イタッ ちょ、ちょっと? 枕で殴らないでよ!? 髪が、服が乱れるんですけど!?」


 俺は調子に乗り始めた優花が頭を乗っけていた枕を無理やりに奪い取り、それを使って優花を殴る。

 DVじゃないよ。ホントだよ。

 まぁ、実際にこんなことは日常茶飯事なんだけど。どういうカップルだよ……


「ねぇ! この服も結構気に入っているんですけど!?」


 優花にそう言われて、その服を見てみると学校で見ていた雑誌に載っていた時と同じ服装だった。

 しかし、写真に写っていた余所行きの笑顔ではなく、心から笑っているかのような笑顔でいるので、俺は思わず見惚れてしまった。


「ねぇ? 可愛い彼女に何か言うことはないの?」

「さぁ、何のことだ?」

「ほらあるじゃん! 1文字目は『か』でー」

「ごめんな。全然分からん」

「2文字目は『わ』 3文字目は『い』 それで最後の文字は『い』だよ!」

「あぁ。可愛いな」


 俺は煽ってくる優花に、顔が引きつるのを我慢して、こう言ってやった。

 そうすると、優花は化学反応を起こしたかのように顔を赤くして


「ななななな、なにを言ってるの!? バ、バッカじゃないの!?」


 と、こんなにも分かりやすいほど照れ始めていってしまった。

 実のところ優花はこのように俺を煽ってくるくせして、反撃されると顔を赤くして照れてしまうのだ。いや、『照れる』だけで済ませてはいけないかもしれない。


 ちなみに優花は今なおベッドの上で布団を被りながらジタバタとしている。

 さっきまで髪と服が乱れるって言っていたよな……




「よしっ! 夕飯を買いにでも行こう!」


 俺が完全に乱されてしまったベッドを直していたら、優花はそう提案してきた。


「まあ…… 別にいいけど!」


 俺と優花はそうして、近所のスーパーに出かけることとなった。


 この地域は学生向けであるため、コンビニやスーパーマーケットも充実していて、非常に暮らしやすい町だ。

 そして、俺が普段使っているスーパーマーケットも徒歩5分ほどの位置にある。


「ついたねー さすがにこの季節にもなると汗もかいちゃうなぁ」


 そう言った優花は持って来たハンカチで汗を拭う。女子が汗をかかないというのは幻想らしい。


「それで大智くん、今日の夕飯は何にするの?」

「俺が作るわけじゃないんだよな?」

「あたりまえじゃん!」


 俺の部屋に優花が遊びに来たときは、大抵外食に行くか、優花の手作りとなる。ちなみに俺にキッチンに立つ資格はないらしい。俺ブラックマターとか作らないんだけどなぁ……

 それはともかく、優花の手作りはかなり美味しいので、食べられると聞いただけで大感謝だ。それはもうご飯3杯はいけるほど。いや、どんだけご飯を食うんだよ。


「それじゃあ…… 今日はステーキでもいっちゃう?」

「やったね。財布の中身無くなるんだけど」

「そうだよねぇ…… 一番近くのATMってどこ?」

「ナチュラルに金を引き出させようとするなよ……」

「でもお肉は食べたいでしょ? うん。そうだよね、そうに決まってる」

「完全に優花の希望が混ざっているじゃねぇかよ……」


 数分間の議論の結果、今日の夕飯はハンバーグとなった。ステーキとかじゃなくて良かったわ……

 付け合わせには、そこらへんにあった野菜で何とかすることになって、レジに持っていったら。


「あら。今日もラブラブねぇ!」


 いつもこの時間にいるパートのおばさんに出くわした。


「あ、どうも」


 俺が普通に話し返すのだが…… いや、陰キャだからってその辺は大丈夫だからな?

 まぁいいや。俺が普通に話し返したとき、優花はカゴを持ったまま呆然と立ち尽くした。


「おーい? 優花さーん?」

「あらあら。また照れっちゃってるわねぇ」


 ちょうど客が少ない時間に来れて人が少ないのをいいことに、優花が顔を赤くしたまま立ち尽くすのをパートのおばさんは何もせずにニヤニヤと笑う。


 とはいえ俺は、早く会計を済ませてしまいたかったので、優花の手からカゴを奪うように取ってから、レジのカウンターに乗せる。


「大智くんも照れっちゃって! 本当にお熱いのねぇ」

「いや、俺はそういうんじゃないんで。マジで」


 それよりも、この人はなんで俺の名前を知ってんの? マジで。


 それから、会計を何とか? 何とか済ませた俺たちは袋詰めに向かう。

「優花? 行くぞー? おーい」

「っえ! 私何してたの!? って、会計終わっちゃったんだ」


 やっとのことで立ち直った優花と一緒に買ったばかりの商品をマイバッグに詰めて店を出た。

 バッグを持つのは、もちろん俺だ。まぁ、これくらいはしないとな……

 そのまま俺たちは木呂へと着くのであった。


「ねぇ、私っていつもレジの記憶ないんだけど…… 何か知らない?」

「パートのおばさんなら知ってるぞ」

「え? なんでそうなるの?」




 家に帰ってから優花はさっそく夕飯を作り始めた。すでにその匂いは俺が寝転んでいるベッドの方にまで届いている。

 俺の腹が思わずグーっと音を立てる。


「ちょっとー!? ゴロゴロしていないで手伝ってよー!」

「じゃあ風呂入ってくるわ」

「逃げるなぁ!」


 手伝うのが面倒だったので、俺は風呂に逃げることにした。

 それからも優花は何かと言って、俺に手伝わせようとしてくる。


 しかし俺は、このような時の対策、というよりかは逃げ方を知っている。


「なぁ……」

「ん? どしたの?」

「一緒に夕飯を作るって恋人みたいだな」

「恋人みたいだなって。実際そうじゃない? あれ? 恋人?」


 優花は途中まで、というよりかはすべてを言い切ってから、その意味に気付いたようだった。


「な、なにを言ってんの!?」


 それだけを言ってから、優花は赤くなった顔を手で覆った。※料理中です。

 それから俺は迷わずに風呂に入る。優花は最後までアタフタとしていた。


 ここまでで分かってくれたのかもしれないが俺の彼女、クラスでも人気で何をやっても優秀な千歳優花は恋愛だけが苦手である。




「いただきまーす!」


 優花の一言で俺は優花の作ったハンバーグに手を付け始める。

 このように2人で食事を取ることは俺たちにとっては珍しいことではない。

ちなみに食事の材料費に関しては、俺の両親が送ってくれる仕送りから出している。両親は俺の娯楽費として出してくれているのだが、優花とのデート以外では遊びに行くこともないので、優花の食事代となっている。

 とはいえ、優花も申し訳ないということで、外食時の食事に関しては基本的に優花の支払いとなっている。

 まぁ、今はそんなことはどうだっていい。


 目の前には頬を綻ばせる優花の姿。


「んー! 美味しいね! 誰が作ったんだろうねぇ?」

「ウザッ」

「そこまで言うことなくない!?」


 こんな風に他愛もない会話をしながら夕食の時を過ごす。

 その時間はただただ楽しい時間を過ごすことができた。


 しばらくして、2人とも同時に夕食を食べ終えた。


「おいしかった。いつもありがとうな」


 俺は作ってもらっているせめての礼として、優花に感謝を告げる。

 しかし優花はそれがなぜか気に食わなかったようで、頬を膨らませている。


「なんか慣れてきた感じがするなぁ」

「これ以上俺になんて言えと?」

「う~ん…… そういうのは大智が考える事じゃないの?」

「逃げたな」


 優花は俺が礼を言うだけでは事足りなくなったらしい。

 初めの時は礼を言うだけで照れていたというのに……

 それにしても、優花になんて言えばいいのだろうか…… と俺は少しの間考えた。


「これからも美味しい飯をよろしくな」


 俺は表情筋をフルに使って、優花にこう言った。これで明日は表情筋が筋肉痛になるな。

 考え付いたことを言ってみると、まるで新婚の夫婦のようになってしまっていた。それはつまり、優花にはクリティカルヒットだったということだ。


「もう! なに言っているの! ……でもそう言ってくれると嬉しいかな……?」


 どうして優花はこうなるというのに言わせたのだろう。だとか思っても意味がない。

 真意は優花のみぞ知る。ということだ。


 それから俺はテレビに写る映像を適当に見て、優花が復活するのを待つ。

 この部屋に回復の泉ってついていたっけかな……


「っは! ごめんね! なんかトリップってた!」


 「トリップってた」ってなに? この子ついに新しい動詞を作っちゃったよ。しかも言いにくいし。


「まぁ、気にすんな。片付けは俺がしておくから、ゆっくりしといて」

「いつもありがとうね!」


 いつも通りに平和に夕食の時間を過ごしたときに、その事件は起こった。


 優花は俺と同じベッドに腰掛けている。しかしその様子はいつもと比べて不安定だった。

 そして拳1個分の距離しか開いていない優花からは体温までもが伝わってくるような気がする。

 そんな俺たちは一緒にテレビを見ていた。

 先程まで見ていた番組は動物の可愛くも面白いシーンを集めて紹介するというもので、俺の隣で見ている優花もそれに「可愛い!」などと反応していた。

 先ほどまではそのように表情豊かに反応をしていたのだが、番組が変わってからは一気に静かになった。

 それをあまり気にすることなく、続いて放映されていた番組を見ていた俺の手に優花は「ごめんね」とだけ

言って手を重ねてきた。


「どうしたんだ?」

「ううん。こうして居たかったの……」


 このような様子になる優花は2度しか見たことがない。

 そしてそのどちらも俺にとって難問であった。

 その時の優花も普通では考えられない様子だったが。


「ね、ねぇ……」

「どうしたんだ?」


 優花の様子は変わらずで顔は熱でも出しているかのように赤くなっていた。

 これも先程言った難問の2度の事だ。


 2度の事とは言ってしまえば、俺が優花に告白された時とそれから付き合うことになってしばらくしてから優花にハグを要求された時の事だった。

 告白の件は俺と優花が付き合っていることから何とかはなったのだが、ハグの時は何日も同じような事を続けたのだ。

 今回はその上の要求になるとすれば、俺からしてみても難しい話になるだろう。

 告白とかハグもかなり難しかったのには変わらないが。


「えっと、そのね? キ、キスしてみないかな?」

「……なんて?」


 俺はいつから難聴系主人公になったんだ。

 あれっていつも思うんだけど病院に行ったほうがいいよな。


 それはともかく優花の口から出たとは考えられない単語を聞いてしまった。

 もう一度聞いてみようそうしよう。そうすればまた別の事を言うのかもしれないし。


「だっだから! キ、キスしてみない?」

「あーうん。そうだねキスね。……はぁっ!?」

「ほほほ、ほら! 私たちって付き合い始めて半年は経つじゃない!? もうそろそろ、そういう事とかしてもいいのかもしれないなーって……」


 優花は誰が聞いても分かるくらいに上擦った声で俺にキスを求めた理由を言う。

 それを聞いた俺もさすがに耐えきれなくなって、恥ずかしさから冷房をきかせた部屋の中でも顔が熱くなっていっているのが分かる。


「……キスってあのキスだよな?」


 なぁ俺、他にどんなキスがあるんだよ…… 魚とか言ったらキレるぞ。

 実際にそのようなツッコミがあっても仕方がないくらいに俺の気は動転していた。

 優花はそんな珍しい俺の様子を見て目元を笑わせると俺の手に重ねていたほうとは別の手を俺の肩に乗せた。


「お、おねがい…… 大智からやって?」

「……分かった、けど。その、優花……」

「な、なにかな?」

「顔を合わせなかったらキスも何もないと思うんだけど……」

「だ、だって! 恥ずかしいんだから仕方がないじゃん!」


 両手を使って俺の体を抑える優花の顔はまったく別の方向を向いている。


 それから俺は意を決して残っている片方の手を使って優花の顔にそっと触れてその小さな顔を俺に向かせる。

 近くで見る優花の顔は本当に綺麗なんだなと思う。

 しっかりとケアをしているのであろう肌は日焼けも一切していない純白で、いつもはキラキラとしているようにさえ見えもする大きな瞳は閉ざされている。

 そして俺が今から口づけをしなければならない唇はピンク色のリップがつけられていて、すぼまれている。


「じゃ、じゃあいくぞ」

「おねがい……」


 俺はそう言ってから思い切って、だけど優しく優花の唇にキスをした。


 俺にとっても優花にとっても初めてのキスは甘い味がした。

 そんな甘い味は、初めに歯が当たってしまった痛みさえ忘れさせる。

 目を開けばきっと優花の可愛い顔があるのだろう。

 それが分かると俺は恥ずかしくなってしまう。

 きっとそれは優花も一緒なのだと思う。


 次の俺の才色兼備の彼女の無茶ぶりはどうなるのだろうか。

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