171 我儘を貫く

 記憶の石に込められた運命は、次元隔離じげんかくりの魔法だという。

 もしこの戦いに決着がつかない時は、前世と同じようにハロンを次元の外へ追い出して、再び別の世界で迎撃げいげきする──そのメンバーは、この世界での生を絶たなければならないのだ。


 選ばなければならない未来への選択のうちの一つがそれだというのか。


「ふざけるなよ」


 怒りに捕らわれて、さきは声を震わせた。


「そんなの駄目に決まってるだろ? 折角せっかくまた会えたんだぞ? まだ一年も経っていないじゃないか」

「咲ちゃん……」

「僕は我儘わがままなんだ。れんとも別れたくないけど、みさぎとだって絶対に別れたくない」

「私だって、使いたくないよ」


 みさぎはそれを最終手段だという。けれど戦局が思うように向かず、葛藤かっとうしているのがひしひしと伝わってくる。

 ハロンと必死に戦っているみなとを信じてはいるけれど、みさぎの焦りが伝わってきて、咲は苛立いらだちをつのらせた。


「湊はあの必殺技を使うことができるのか?」


 剣士が出せるという必殺技は、兵学校で習ったわけじゃない。そんなのがあるという噂を聞いて、見様見真似でそれっぽいことをしただけで、結局ヒルスは技を取得することができなかった。


 湊が使えるかどうかはわからないが、技の存在を知らないはずはないだろう。

 昔の記憶が蘇って、咲は唇を噛む。


 あれは魔法使いの真似事だ。魔法使いに嫉妬しっとした剣士が面白半分に生み出した技だという。


「分かるよな、湊」


 咲は小さな声で問いかけるように呟いた。その技を生み出したのは、ロイフォン──パラディンである彼の父親なのだ。


 ハロンの正面に飛び上がった湊が、厚い皮に覆われた腹に剣を滑らせて着地したのを確認し、咲は声を張り上げた。


「湊! お前は必殺技を打てるんじゃないのか?」


 それは地表と剣を同化させ、地面を揺るがす技だ。

 咲の声に気付いた湊が、一瞬ギャラリーの方を向く。闇に陰った表情は見えないが、彼もまた何かに迷っているようだった。


「打てないのか……いや、打つことができないのか?」


 その可能性を垣間見て、咲は戦場を見渡した。その技が放たれる瞬間を見たことはないが、辺り一帯の風景を入れ替えるほどの威力いりょくだと聞いている。

 もし仲間を守る使命感にでも駆られているのなら、そんなのはお門違かどちがいだ。


「湊、打てるなら遠慮することなんてないんだからな!」


 雨が重い。湊にその声が届いているのかどうかは分からないが、意思を感じ取ってもらえればと咲は思いを吐き出した。


「何悩んでるんだよ、ハロンを倒せ。お前は、後悔しないためにこの世界に来たんだろう? 僕に言ったじゃないか」


 声が腕の怪我に響いて、咲は「くそぅ」と痛みをこらえる。


「大丈夫? 咲ちゃん」


 心配するみさぎに「あぁ」と答えて、咲は倒れないようにと足を踏ん張らせた。

 湊は声に反応することもなく戦っている。


「お前は最強なんだぞ? 実力だってあるんだからな? お前が強いんだって実証してくれなきゃ、リーナの側近に選ばれなかった僕がみじめになるじゃないか。お前が強すぎるからってことにしてくれよ!」


 ハァハァと呼吸を繰り返して、咲は言葉を繋げた。


「お前はもう守られたくないんだろ? いいか、みさぎと僕はガキの頃のお前とは違う。強いんだ。だから、守ろうなんて思わなくていい、技に集中しろ! 守られるのなんて、僕たちだって迷惑なんだよ!」


『あの人が死ぬくらいなら、かばってなんて欲しくなかった──』

 父親の十字架を背負う湊の言葉が蘇り、咲は最後の言葉に力を込める。


「全員で助からなきゃ意味のないことだって、僕よりお前の方が分かるだろ? 守られる側の気持ちは、お前が一番分かってるんじゃないのか?」


 声を出し切って、咲はガクリと地面にひざを落とした。力が抜ける。

 けど、このまま潰れては言ってることとやっていることがバラバラになってしまう。

 咲はすぐに立ち上がり、みさぎの手を握りしめた。


「僕がみさぎを守るよ」


 横目に山を見据える。逃げるならそこじゃないはずだ。

 咲は旗のついた木を脇に挟み、みさぎの手を引いて駆け出した。






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