170 最終手段

みなとくん、大丈夫かな」


 身を切るような寒さの中、みさぎとさきは山側に張り付いて彼の戦いを見守っていた。

 今ここは湊の戦場だ。回復もままならないうちに出しゃばるなと、みさぎは自分に言い聞かせるが、戦況はあまり良いとは言えなかった。

 互角……いや、素早い湊の方が勝っているようにさえ見えるのに、決定打をつかめずにいる。何度もハロンに挑む姿が若干じゃっかんあせっているようにも見えた。


「お前が信じてやらなくてどうするんだよ。僕でさえ、アイツを信じてるんだぞ?」

「……そうだよね」

「あぁ。それがどれだけ凄いことか、お前にだって分かるだろ?」


 前世からずっとラルを毛嫌いしていたヒルスが自分でそれを認めているということが、本当に凄いことだと思う。

 湊の戦いに不安になるのは、自分の体調が思わしくないからだ。早く彼と交代したいと思って、みさぎはぐっしょり濡れた前髪を横に流し、追加の丸薬を二粒口に放り込んだ。


 味なんてもうどうでもいい。

 そんなヤケになるみさぎを心配して、咲が「やめろ」と注意する。


「それ以上食べても意味ないぞ」

「だって……」


 こんな状況になってしまったのは、怪我をした咲のせいでも湊のせいでもなく、最初にハロンを仕留めることができなかった自分のせいだ。

 彼女の言う通り、二粒の丸薬を摂取しても気休め程度にしか回復できない。


「それにしても、アイツには必殺技みたいなのはないのか?」

「必殺技?」


 れんの影響か、咲はゲームやファンタジーに出てくるような用語を口にすることが多くなった気がする。

 みさぎは首をひねったところで、「あるよ」と声を上げた。その言葉に繋がったのは、ふと思い出したヒルスの姿だ。


「剣士の必殺技だって言って、兄様練習してたよね?」

「えぇ?」


 咲は最初身に覚えのない顔をしたが、「あぁ」と気付いて苦笑いを浮かべた。


「あったな。けどあれは噂で聞いただけの技だから」

「そうなの?」

「あぁ、特殊な技なんだよ。教官でも難しいんじゃないかな」


 みさぎはヒルスが『特訓だ』と言って剣を振っているのを何度か見たことがあるだけで、その技がどんなものなのかは分からない。


「そっか……」

「アイツがそれを使えるかどうかは分からないけど、使えるなら使うだろうさ。みさぎだって、ハロンに止めを刺すつもりなんだろ?」


 図星だ。けれど、素直に『そうだよ』とは言えず「別に……」と言葉をにごす。

 咲はそんなみさぎを見て「いいんだよ」と笑った。


「おいしいトコ持って行くのは、上に立つ人間の特権なんだから」

「そういうこと言わないで。そんな偉そうにしてないもん」


 咲は口をとがらせたみさぎの頭をでる。


「僕はどっちでもいいよ。生きて明日を迎えられるならね」

「うん」

「ところでさ。必殺技っていえば、みさぎには何かないのか? 前に教官がみさぎに預けた記憶の石って、結局中身は何だったんだ?」


 躊躇ためらいがちに咲が尋ねる。その中身が重い意志をはらんでいるだろう事は、貰った時にその場にいた誰もが感じていた。

 みさぎは治癒魔法が魔法使いの体力を削るように、命を懸けた最終魔法のようなものだと思っていたが、実際は違うものだった。


「それは最終手段……もしもの時に使う魔法だよ」


 みさぎはその内容を知っている。使いたくはないと思うのに、使わざるを得ない状況が来るかもしれないという諦めさえ感じていた。


「みさぎ?」

「私、ずっと前からその魔法を知ってたの。まだウィザードになって間もない頃に覚えた魔法だったんだよ。けど、使うのが怖くなってリーナは記憶の底にその魔法を沈めたんだ」

「何の魔法だったんだ? あ、いや。言いたくないなら無理にとは言わないけど」


 咲は湊からみさぎへと視線を移して、繋いだ手にぎゅっと力を込めた。


「ううん。石の中にあったのは、次元隔離の方法だったの」

「えっ──?」


 咲が驚愕して瞳を開く。

 魔導書の破られたページに書かれていたのは、二度のハロンにルーシャが使った次元隔離の方法だ。

 あれはウィッチ特有のものではなかった。ウィッチよりも力の強いウィザードになら軽く使いこなせる魔法なのだ。

 だからもしこの戦いに負けることがあれば、それも一つの手立てだてになる。


「もしそんなことになったら、咲ちゃんはお兄ちゃんの所に居てあげてね」


 ハロンを次元の外へ出して、もう一度別の世界へ──。


「駄目だ、みさぎ」


 咲が声を張り上げる。


「分かってるよ。私だって、そんなことしたくないんだ」


 あくまでそれは最終手段。


「だからお願い。もう少しだけ回復させて」


 みさぎは暗い空を見上げた。

 雨がやみますように──この雨が止めば、きっと戦えるような気がした。




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