172 その鳥の名前は

 さきは北へと道なりに戦闘を離れた。

 山側ではなく横移動を選んだのは、カーブのある坂道ではみなとの様子が見られないと思ったからだ。咲は後ろを何度も振り返り、彼の姿がギリギリ確認できる位置で止まった。


「本当に必殺技なんて使えるのかな?」


 心配するみさぎに、咲は「わからない」と首を振る。

 ただ一方的に叫んで、独断で距離を離した。

 それが湊にとってプレッシャーになるのか自由になれるのかはわからないが、彼の動きが少しだけ良くなったような気がする。


「リーナ、ヒルス!」


 背後から掛けられた声は智だった。

 さっきまでハロンと戦っていた疲れも見せない彼にホッとしたところで、咲はその背後に思いもよらない人物を見つける。


「えっ、宰相さいしょう?」


 驚愕きょうがくに声を詰まらせる咲をよそに、みさぎが先に声を上げた。

 ルーシャやメラーレが過去の姿に戻っていたように、彼もまた昔の姿をしている。


「驚きすぎですよ」


 鬼の宰相ギャロップメイこと中條明和なかじょうめいわは、いつものおかっぱ髪はそのままに、トレードマークである眉間みけんしわを深く刻む。彼は咲の添え木された腕と、緊張を忘れたようなみさぎの表情をチラと見て、涼しい顔を戦闘中の湊へ向けた。


「どうです?」と戦況を聞いたところで、中條の顔がいぶかしげにゆがむ。


「あれは……?」


 咲よろしく、彼もまた湊の頭に乗る異物に気付く。

 チュウ助は湊の頭にしがみついたまま、たまに飛び上がってはその定位置へ戻るを繰り返していた。


「あれってターメイヤの鳥ですよね? どっかで見たことあるような……」


 智も「あれ」と首を傾げる。


「そうですね、おそらくダズ鳥の一種だと思います。まだ成鳥ではありませんが」

「ダズ鳥? は、はくしょん」


 呟いたみさぎが、寒さに震えて大きくくしゃみした。


「リーナ寒いの?」

「僕だって寒いぞ」


 炎の魔法の効果で上着すら着ていない余裕顔の智に、咲は嚙みついた。足元の雪と降りっぱなしの雨のせいで、もう感覚がおかしくなっている。

 智は「ごめんごめん」と謝って、小さく文言を唱えた。彼の指がキザっぽくパチリと音を鳴らした瞬間、緋色の明かりがパッと咲いて辺りが暖かい空気に包まれる。

 雨は降っているのに、冷たいという感じが一瞬で消えた。


「えっ、お前こんな魔法使えたの? だったらもっと早くに……」

「俺のそば限定なんだよ。あんまり離れると効果ないよ?」

「そういうことか……」


 なら仕方ないと押し黙って、咲は暖かさに手をかざしてホッと安堵した。


「智くん、ありがとう」

「どういたしまして。それより教官、ダズ鳥ってアレですよね? 狩猟しゅりょう用の」

「それだ!」


 智の言葉に記憶が蘇って、咲は声を大きくする。


「そうです。剣士が狩りへ行く時に連れて行く聡明そうめいな鳥です。貴方たちの頃はほとんど見なくなりましたが、戦前はたまに見かけましたよ。ただ、ダズ鳥はあるじの力量を図るといいます。弱いと見限る習性があるので、飼い慣らすには実力が必要かと」

「聡明……アレがか?」


 咲が頭に浮かべたダズ鳥は、尾が長くスマートで、こっちの世界で言えばおすのクジャクを肩に乗せているイメージだ。色も青だったせいで、見てくれもだいぶ違うが、まだ幼いと考えれば納得もできる。


「今回、ハロン以外で出てきたモンスターは、ひずみに入り込んでしまった迷子のような奴らです。その中にあの鳥も紛れ込んでしまったんですね。まさかラルになつくとは」

「教官にも懐いたことあります?」

「ありますよ……昔のことですけどね」


 短く答えた中條の冷たい視線に、それ以上の質問をはばまれる。


「先生も湊くんもすごいんですね」


 みさぎはただ感心して、笑顔を見せた。寒さがなくなっただけで顔色が良い。


「戦況は微妙な所ですけどね」


 ハロンの咆哮ほうこうが木霊して、中條が唸った。


「教官がみさぎに渡した記憶の石の中身が次元隔離の方法だって聞きました。教官は、そうした方がいいと思ってるんですか?」


 尋ねた咲の隣で、智が眉をひそめるのが分かった。彼もその中身を知ったらしい。

 中條はみさぎを一瞥いちべつし、ハロンを見据えた。


「あくまでウィザードが使う魔法の一つだということに過ぎません。ウィザードだからと言って、リーナがこの世界のために命を犠牲にする義理なんてないんですよ。駄目だと思ったら、全員道連れでも構いません」

「先生……」

「不安ですか? 未来を選ぶ貴女の選択肢の一つぐらいに考えていればいいと思いますよ」


 みさぎが手の震えを押さえつけるように咲の手を握り締めると、「うわっ」という湊の声が響いた。

 彼の身体が剣ごと宙に放り出され、弧を描いて地面に落ちる。


「湊くん!」


 衝動的に咲の手を離したみさぎの腕を、中條が掴んだ。


「待ちなさい」


 彼はいつだって冷静だ。咲だってみさぎの後を追いかけたかった。

 湊の姿が暗闇に沈み込んで、咲は「くそぅ」と苛立いらだった。





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