12章 禁忌の代償

148 引き寄せられた刺客

ルーシャの魔法によって戦場が隔離かくりされた。

 天井を見上げると、雲の行き交う空の下に薄い透明のまくが見える。中から外への影響はないが、風は吹き、雪も普通に落ちてくるせいであまりその実感はない。


 宙に浮いたままのハロンとの長い対峙たいじに、みさぎは相手の出方を待った。

 このハロンを怪獣のようだと言ったが、ドラゴンに近い気もする。大きな羽を背に持ち、地面に下りれば安定した二足歩行をする。口元には無数の牙を付け、鋭い爪を生やした手足は四足獣しそくじゅうていした。


 敵が何の目的で暴れようとするのかは分からないが、十七年も次元を彷徨さまよって抜け出した解放感は計り知れない。


「この世界に出て、貴方はどうするつもり?」


 開きっぱなしの瞳孔どうこうに意思は感じられない。

 憎悪ぞうおだって何だっていい、ほんの少しの感情を垣間見ることができればいいと思うのに、顔色に変化はなかった。


「映画とか見るとラスボスの出現って不気味な音楽が掛かってたりするけど、実際は静かなものだね」


 風のようなハロンの息遣いが風景の音に混ざる。辺りがやたら静かなせいで、十数年ぶりの再会を、余りにもなく感じてしまった。

 けれど、演出などなくてもその巨大さだけで恐怖は十分に伝わってくる。


 張り詰めた緊張を破るようにハロンが左右に広げていた羽を落として、みさぎの頭上目掛けて降下した。

 背後へ退すさると、巨体が着地した衝撃に足がドンと跳び上がる。


 低い跳躍ちょうやくからの、魔法陣発動。

 「行け」という合図がハロンの腹を白い光で斬りつける。

 のどの奥から出るギャアという悶絶もんぜつが、どれだけのダメージを食らっての事かは分からないが、患部に走った白い傷跡はすぐにふさがって、ハロンはみさぎとの距離を詰めた。


 あっという間の三歩から、斜めに片羽を振り下ろす。

 みさぎは駆け足で逃げて、武器を構えた。


 ハロンの攻撃は単純だ。全身を使って力任せに向かって来る。

 魔法は使えないと思うけれど、前の戦いでリーナをどん底へ落とした雨は、ハロンが降らせたものだとみさぎは思っている。雷を呼んだのが本当にそうなのかは分からないが、嵐は避けたい。


「相変わらず大したダメージにならないね。これならどう?」


 ロッドの玉の前に魔法陣を出し、その中心から光を突き付ける。

 ハロンはキラキラと派手な光線を胸に受け、二本の太い脚を地面に滑らせて後退した。追撃の光を重ねると、ギザギザに生えた牙を見せつけて大きく咆哮ほうこうする。


 ハロンがくるりと方向転換して、長い尾が辺りの木々をぎ払った。バキバキッと音が鳴り、広場を囲う木々が倒れる。

 飛び散った土がほおに当たって、みさぎは指で払い落とした。


 羽と背の隙間すきまを狙って丸めた光を投げ込むと、った身体が再び宙へと上がる。


 ここまでの攻撃は、みさぎにとってまだまだ初歩の魔法ばかりだ。

 咲ほどではないけれど、戦闘にれんから養われたアニメやらゲームの影響を少なからず受けている。

 敵を見て体力ゲージを頭に思い描くのもそうだ。今のハロンのHPゲージは、恐らく十分の一も減ってはいないだろう。


 少し相手の体力を削ってから特大の一撃を──とシミュレーションしたものの、その瞬間を待たずに戦場は急展開の気配を見せた。


「ちょっと待って……何これ」


 辺りに広がった負の気配に、みさぎは顔を上げる。その原因は目の前の脅威きょういとは別だ。

 隔離された戦場の一辺は三キロ程度で、一匹のハロンを相手するには広すぎると思っていた。なのに戦というのはやはり予定通りにはいかない。


「他にも居るの?」


 開いたままの次元の穴から、ガサガサと音が響いた。

 黒い闇に黄色い光が無数に見えて、何体ものモンスターが弾き出されるように飛び出てくる。


「ちょっと!」


 小型だ。けれど数が多く種類も一つや二つではなかった。どれも羽が付いていて、方々へと散らばっていく。


「これって……ハロンに紛れて次元に入り込んだモンスターってこと?」


 その姿は、リーナの記憶にあるものとないものが居た。

 地球産ではなく、全てがターメイヤ産かというとそれも違う。ハロンもターメイヤ以外の次元から舞い込んだ敵だ。

 ハロンと共に次元を彷徨さまよった奴等が、穴に引き寄せられて次から次へと現れる。


「どんだけ出てくるの?」


 みさぎは驚愕きょうがくと怒りに任せて、ロッドの柄を勢い良く地面に突きつけた。

 足元にクルリと広がった魔法陣が広場を覆うように伸びて、キンと光を跳ね上げる。


 モンスターは一斉に鳴いて生気を失う。

 ハロン以外どれも雑魚ざこだ。バタバタッと地面に落ちると、細い煙を立ち上らせて霧散むさんする。奴等にとっては一瞬の解放だった。

 けれど全てを倒したわけではない。魔法陣の光から漏れた敵は、もう彼方へと行ってしまった。


 キリなくモンスターが出てくるが、穴を塞いで止めることはできない。

 息絶えた奴等の中心で、ハロンだけが無傷だ。


「余計な奴連れて来ないで。アンタも少し痛がってよ」


 感情のない赤い瞳が、みさぎを一瞬だけとらえて北を見据える。

 バサリと羽を広げて、ハロンはその場を飛び立った。

 みさぎはその後を追い掛けようとしたが、再び沸いたモンスターに「もぅ」と吐いて、首から外したマフラーを地面へ放り投げる。

 真冬の風景の中、汗がにじんだ。  


「私を行かせないつもり?」


 ここから北は智の居る方角だ。

 今の彼が相手なら、すぐに殺られたりはしないだろうけれど。


 今度は手に貯めた光を、小さな羽根つきのモンスター達にドンと投げつける。

 穴の向こうの気配は途切れることを知らない。

 ただ、この雑魚だけなら問題ないと思うのに、それだけでは済まないような不安を垣間見かいまみた。


「他に凄いのがいるような気がする……」


 けれどそれが何なのかは見当がつかない。

 破裂させた光でモンスターを一掃し、みさぎは他の仲間たちの無事を祈った。




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