149 お前なんて興味ない

 学校から真西に1.5キロほどのところに神社があって、そこから北へ少し歩いた所がともに割り当てられた初期位置だ。

 冬の畑が広がる畦道あぜみちの中心に立って、智は南の方向をあおぎ見る。


 ハロンの出る広場で待機するのは、みさぎだ。

 ゆるい丘が視界をふさいで直接向こうの様子を見ることはできないが、その瞬間の気配はハッキリと感じ取ることができた。


「出たな」


 何度か強まった気配が、一気にあふれ出る。むかついた臭気に息を吐き出すが、思っていたよりどうにかなりそうな気がした。

 あわせて強まったのはみさぎの気配だ。ドンという振動が起きて、灰色の空に白い光が立ち上るのが見える。


 彼女の魔力の大きさにはいつも驚かされた。


「あんなに小さいのにあの強さは異常だな」


 ラスボス登場の勢いに、辺り一帯の空気がきしんで、地面が細かく揺れる。

 ルーシャが空間隔離を発動するのが分かって、チクリと痛む耳鳴りに手をかざした。


 智は「少し早いけど」と言いながら宙に浮かべた魔法陣から剣を取り出す。

 ターメイヤで魔法使いと言えばロッドを使うのが主流だが、アッシュの頃からロッドを使うのは好きじゃなかった。あれは魔法の制御補助をする道具で、そんなものなくても戦える自信はある。

 魔剣士を名乗る兵士が少ない中、えて剣を選んだのは、メラーレとの唯一の繋がりだと思ったからだ。

 結局プロポーズ以来、この世界に来るまでほとんど話すことはできなかったけれど。


「一華……」


 彼女の祖父が打ったこの剣を構えたところで、智はふと広場の方角を見やった。

 ハロンとは別の気配が近付いてくる。何だと思って目を凝らすと、空に浮かぶ黒い点がバタバタと乾いた羽音を鳴らして向かってきた。


「はぁ?」


 羽の生えた黒い生き物を敵だと判断したのは、それが明らかにこの世界のものではなかったからだ。

 コウモリのようでいて、そうじゃない。それならもっと小さい。

 人間の身体程にでかい図体が空を飛んできて、智は剣に炎を走らせた。


 急降下してきた敵の胴体を緋色ひいろに色付いた刃で真っ二つに切り落とす。血を噴き出してドサリと落ちた身体は炎に包まれ、「ギイヤァ」と断末魔だんまつまを上げながら溶けるように消えていった。


 雪を染めた血の色は、黒に近い赤だ。


「お前、ターメイヤに居た奴だよな?」


 兵学校時代、訓練で山に入るとたまに飛んでいた奴だ。名前はあったはずだが、元々あまり詳しくないせいで思い出すことができない。たいして強くはないけれど、何故ここにこれが居るのか分からない。


 一匹倒したのもつかの間、広場の方角の空が暗くよどむ。ごちゃごちゃとした気配を感じて智は「えっ」と息を呑んだ。


「あれ全部敵って事?」


 白い光がその闇を一掃する。リーナの攻撃だ。けれどそれだけで全てを攻撃できたわけじゃない。

 空を色付ける程の敵が一か所に集まるなんて、ターメイヤでも見たことなかった。


「俺、集合体苦手なんだけど」


 智は「気持ち悪っ」としかめ面をして、剣についた血を払った。一度手中に武器を戻し、魔法の構えを取る。


「あんな数、剣じゃ追いつかないよ」


 黒い影が移動してくる。それを追うように、巨大な気配が空に黒い点を打った。


「ハロン……か?」


 記憶のままの姿が目に見えて、智は息を呑む。

 奴が次元を破ってからまだ十分と経っていない。それなのにもう来るのかと構えると、巨体は智の頭上に影を落とした。

 そのまま智には目もくれず素通りしていこうとする敵に、咄嗟とっさに火を放つ。


 文言を刻んだ鋭い炎がハロンの背に刺さって弾けた。ハロンは高い声で鳴いて動きを止めたが、そこからゆったりと旋回せんかいし、に伸びる二本の角が再び北の方角を指す。


「そっちにはヒルスがいるんだぞ?」


 咲を弱いと思っているわけではないけれど、一人で戦わせるには分が悪い気がした。


「何でそっちに行こうとするんだよ。何でそんなに急ぐ? ヒルスが目当てか? 俺でもリーナでもなくて?」


 四人バラバラとは言え、もう少し咲とは近くに居れば良かった。

 前の戦いで自分が救われたように、今度は咲を助けたいと思う。


 鋭く赤い眼球は智など見向きもせず北を目指す。遅れてやって来たモンスターの群れに智は攻撃を仕掛けて、炎を浴びせた。

 さっき倒した以外にも何種類かいたが、どれにも羽があるせいで、移動が速い。


「なんで?」


 零した疑問に答えを考える間もない程、モンスターの群れは二波三波と続く。


「ここが空いても問題ないな?」


 呟くと同時に攻撃を仕掛け、まずは届く範囲までの敵を倒した。


「ヒルス、死ぬなよ」


 咲の所まで十分あれば行けるだろうか。とにかく嫌な感じがして、智は振り返りざまにもう一発炎を放ち、北を目指して地面を蹴った。





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