94 足りないもの

 短い対峙たいじからの攻撃。

 智が、赤い炎を貼り付けた刃を肩上にかざして向かって来る。


 みさぎは白い炎を彼に対して放った後、ロッドを剣よろしく両手で構え攻撃を待ち構えた。

 直接ダメージを与えることのできない炎は威嚇いかくでしかない。けれどロッドで物理的に刃を押さえ込むことはできる。


 ダルニーの剣に対抗するのがダルニーのロッドでは矛盾の関係になってしまうが、折れなければ問題ない。


「湊くんの剣は折れたけど……」


 あれは劣化れっかだからだと自分を納得させて、みさぎは智の刃を顔の前で勢いよく受け止めた。


 ジンと響いた腕が痛い。

 強い。

 圧倒的な腕力の差だ。


 目前で揺らめく炎の熱に目を細め、みさぎは魔力を上げて衝撃をこらえた。

 魔法のダメージがないと言っても剣が当たれば痛いし、戦闘時間が長引けば長引くだけ体力はり減る。


 けど、まだ大丈夫だ。

 みさぎは文言を唱えて白い炎をロッドに走らせた。


 智は余裕の顔で、一度離した刃をもう一度ロッドへ打ち付ける。

 痛みは爪先にまで響いた。

 ロッドを放しそうになる手に力を込めて、よろめいた足を踏ん張らせる。


「くうっ」


 智は得意の剣捌けんさばきで、三度四度と攻撃を繰り返してきた。


「リーナ、強いじゃん。こんなに戦うの好きだったっけ」

「魔法使いが戦うのを好きなのは本能だって、昔ルーシャが言ってたよ」


 記憶が戻る前のみさぎが聞いたら驚くだろう。以前のみさぎはゲームやアニメの戦士に憧れていたけれど、自分が戦うことになろうとは思ってもいなかった。


「本能か。俺も自分でそう思うよ」


 けれど力は復活したものの、今こうして彼の剣をはばむのがやっとだ。

 ここからの攻撃はどうすればいいだろうか。


 踏ん張っていられるのにも限度がある。

 彼の力にズズッと足が後ろへと地面を滑った。


「押されてる?」


 まだほんの少し戦っただけなのに、足りないものが露呈ろていした。

 物理的な力と、体力──のうのうと女子高生生活を送っていたみさぎの身体が、リーナとしての戦闘感覚についていくことができない。

 予想していなかったわけではないけれど、リーナとこんなに違うのか。


 けれど、負けなんて認めたくなかった。劣勢れっせいになっても尚、戦いをやめようとは思わない。

 湊も咲も、そこで見ている。


「私は勝ちたい!」


 ムキになって叫んで、みさぎは左手をロッドから放し、智へ向けて文言もんごんと共に光を飛ばした。

 ボールのような光の球が三つバラバラに智を襲う。


「おっと」


 直撃はしない。計算通りだ。

 光を避けた智と距離が生まれて、みさぎは「よし」と勝機を見る。


「行けっ」


 叫んだ後に唱えた言葉は、さっき地面に沈めた魔法陣を発動させる文言だった。

 智の足がちょうどその上を踏んで、草の上ににじみ出た円形の文字列が地雷のようにドンと破裂する。


 「うわぁ」と叫んだ彼の身体が大きく跳ねる。

 智はぐるりと受け身を取って草の上に転がると、すぐに態勢を整えた。

 振り向いた瞳が、黒く焦げた地面を凝視ぎょうしする。


「びっくりしたぁ」


 驚愕きょうがくに目をぎゅっと目を閉じた智に、みさぎは「やったぁ」とはしゃぐ。


 昨日の夜に読んだ、青い魔導書に載っていた魔法だ。

 補助的なものだけれど使えそうだと思って暗記してきた。

 寝不足の甲斐があるというものだ。

 もちろん模擬戦の今は彼にダメージを与えることはできないが、「すごいよリーナ」と笑顔を見せる智に、嬉しくなってしまう。


 しかし、これで勝てそうな気がすると思ったのは一瞬だけだった。体力の減り方が尋常じんじょうじゃない。


「つ、疲れた……」


 気が緩んで、つい本音を零す。彼の耳には届いていないようだ。

 最後まで立っていられるかどうかと、みさぎが不安に駆られたところで、智が再び剣を構えた。






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