95 勝敗

「やっぱり魔法戦は派手だな」


 炸裂さくれつする光の強さに目を細めながら、咲は横にしゃがみ込むみなとに声を掛けた。


「さっきの爆発、アクション映画みたいだったと思わないか?」


 良い感じの低木ていぼくに身をひそめて、みさぎと智の模擬戦を観戦中だ。

 みさぎが使った地雷のような魔法に、咲は興奮して声を弾ませる。


 二人にこちらの姿は見えていないだろうし、声も戦闘の音に掻き消えている。なのにずっと二人の位置が崖寄りなのは、気付かれている証拠なのかもしれない。


「湊、これって僕たちの事バレてるんだと思う?」


 二人の動きを不安げに見守る湊は、黙ったまま返事をくれない。

 戦いはみさぎが劣勢れっせいだ。

 湊が飛び出したい気持ちを抑え付けているのが分かって、咲は「全く」と広場へ視線を返す。


 戦闘が始まってからもう十五分近く過ぎている。

 流石さすがのみさぎも疲労が目立った。彼女の中身はリーナだとしても、みさぎの体は訓練していない状態なのだから仕方ない。


 魔法使い同士の模擬戦は、どちらかが『負け』を認めることで勝敗が決まる。魔法による直接的なダメージを与えることができないからだ。

 攻撃をはばみ、体力と魔力を消耗させる戦い方は、今のみさぎにはキツいだろう。


ともが勝つだろうな」


 咲がぼやく。

 智は元々運動神経が良さそうだし、体格的にも彼女の数倍有利だ。

 重い溜息が聞こえて横を見ると、湊が「帰ろうか」と言い出した。


「もういいのか?」

「のんびり見学してられる身分じゃないなってことは分かったから」


 「そうだよな」と咲は相槌あいづちを打つ。今日ここへ来たのは、興味本位だけじゃなく自分の為でもあった。

 体力の未熟なみさぎが必死に戦うのを目の当たりにして、自分の気持ちを自覚することができた。


「僕はメラーレの所へ行くよ。僕はリーナの側近にはなれなかったけど、兵士として訓練してきたんだからな」


 先日智に戦いたいかと言われてから、ずっとこの気持ちを沸々ふつふつと燃やしてきた。

 中條に一度否定された思いは消えるどころか再燃さいねんして衝動を掻き立てる。

 湊は膝の土を払って立ち上がると、不機嫌な表情を押し付ける咲にニヤリと笑い掛けた。


「奇遇だな。俺も彼女の所へ行く所だ」



   ☆

 魔法攻撃から、再び来た物理攻撃──つまり智の剣が正面からみさぎを襲う。

 彼との距離が一気に詰まって、みさぎはロッドの柄で受け止めた刃を力ずくで押し返した。


 腕はもう限界だ。

 魔法での防御も、効いているのかと疑う程に身体が疲弊ひへいしている。


「あの二人いなくなったね」


 対する智はまだまだ余裕だった。息切れ一つしていない。

 みさぎは彼に言われて初めて、二人の気配が消えていることに気付いた。戦うことに必死でそんなことを気にしている余裕はなかった。


「そ、そうだね」


 二人がそこを離れた理由は分からないが、これで思い切りやれるとみさぎが意気込んだ時には、体力がほぼゼロまで落ち込んでいた。


 返事一つ返すのが辛い。

 みさぎはきつく息を飲み込んで、接近戦で文言を唱えた。魔法攻撃だけならまだ少し余裕がある。


 けれど、威嚇いかくのために放った光は小さく、彼の炎に飲まれた。

 威力いりょくが足りない──唱える魔法をミスしてしまった。もう集中力が散漫さんまんになっている。


 しくじったと後悔したところで、智の剣の切っ先が目の前に突きつけられた。

 もうダメだと、みさぎは目を閉じる。


「負けました」


 これが今の精一杯の実力だ。

 智は「やった」と剣を下ろして、無邪気な笑顔を広げる。


「じゃあ、今日は有難く俺の勝ちにさせてもらうよ。リーナは体力付けなきゃだね」


 敗因はバレている。

 それに関して、みさきは何も言い返すことができなかった。

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