79 自分の想い、彼の想い

「メラーレ、ダルニーお爺ちゃんの事ハリオス様に聞いたよ」


 メラーレの祖父であり鍛冶師のダルニーは、ターメイヤからの次元移動に身体が耐えられず、亡くなってしまったという。


「本人が覚悟してたのは知ってるけど、本当にそうなるなんて思ってもいなかったわ。けど、その為に私が来たんだから安心して。私がちゃんと万全の態勢で武器を戦場に送り出すから」


 一華いちかはにっこりと微笑んで二人の向かいに腰を下ろした。

 彼女は角砂糖のびんを開けて、一つ二つと自分のコーヒーカップに投入していく。みさぎが「えっ」と呟いた四個目が入った所で、彼女は手を止めて今度はミルクを注いだ。


「甘そうだね」

「今日はちょっと控えめなのよ?」


 驚くみさぎを不思議そうに眺めて、一華は「おいしい」とコーヒーを飲んでいる。みさぎはそんな甘党の彼女にギョッとしながらミルクだけを受け取った。


「一時はどうなる事かと思ったけど、湊くんの剣ちゃんとくっついたわよ」

「本当ですか! ありがとうございます!」


 みなとは嬉々して笑顔を広げる。


「いいのよ、これは私の仕事だから。あとは少し調整が必要だから、もう少し預からせてね」

「はい、よろしくお願いします」


 湊は深々と頭を下げて、椅子に腰を下ろした。ホッとするその顔に向けて、一華は「けど」と唇をとがらせる。


「自分の剣は自分でちゃんと手入れしてあげなきゃ。あんな状態で戦ったら、折れるのは当り前よ」


 一華は怒りをまぎらわすように、かごに盛られたチョコレートへ手を伸ばす。彼女のお菓子好きは昔からで、メラーレのポケットにはいつもビスケットや飴が入っていた。


 彼女が言うように、みさぎもハロン戦で湊の剣を見た時から嫌な予感はしていた。まさか折れるとは思っていなかったけれど。


「けどメラーレ、湊くんはこの世界に鍛冶師が居ないからって心配して、剣なしで修行してたんだよ? 折角せっかくこっちに来てるなら、もっと早く名乗り出てくれればよかったのに」

「だって。ルーシャが一匹目が終わってからでいいって言うんだもの。まさか剣があんなひどい状態で放置されてたなんて誰も思っていなかったわ」

「次は気を付けます……」

「もういいわ。貴方に任せるなんて不安でしかないもの。これからは私が見るから、いつでも持ってきて」


 メラーレは厳しめに言って立ち上がった。あっという間に飲み終えたカップをテーブルに放す。


「湊くん、剣見ていくでしょ? 待ってて」

「はい、もちろんです!」


 即答した湊にニコリと目を細め、一華は部屋の奥へと移動した。

 彼女はさっきコーヒーを運んできた衝立ついたての奥に姿を消し、やがて湊の剣を両手に抱えて戻って来る。


「私も、これを見せたくて貴方を呼んだんだから。不安だったでしょ?」

「はい。わぁ、直ってる」

「奥が工房になってるの。それ繋げるの結構大変だったのよ?」

「すみません、ありがとうございます」


 湊は勢い良く頭を下げた。

 ハロン戦でポッキリと折れた刃が、継ぎ目もなく元通りに繋がっている。

 あの日みさぎが暗がりの中で感じた使い古した感も消えていて、剣は『最終兵器』『最強の剣』と呼ばれる通りの青黒い光を帯びていた。


 一週間ぶりに戻った剣に「良かったぁ」と安堵する湊の表情が、曇りのない刃に映る。


「剣士は武器がないと戦えないんだから、命の次に大切にすること。いいわね?」


 一華が声を強めて、再び剣を預かった。


「メラーレ凄いなぁ。いいな、私も剣で戦いたいよ」

「えぇ? みさぎちゃんが?」


 「うん」と意気込むみさぎの横で、湊は「まだ言ってる」とあきれた様子だ。

 まだリーナだったターメイヤ時代、剣の訓練は一応していた。

 この日本に来る理由を『アッシュの剣を引き継ぐため』だと納得させるくらいの実力はある。

 けれど、リーナはもっぱらロッド一本で戦ってきたのも事実だ。そのイメージが強いせいで、湊や智からは呆気あっけなく反対されてしまった。


「戦いたいのね、みさぎちゃんは」

「結局は、それなのかな」


 平和な日本で戦いたいと渇望かつぼうするのはおかしなことなのかもしれないけれど、ハロン戦の前に感覚を取り戻さなければと思うし、意識がそれを望んでいるのが分かった。

 一華はみさぎの横に立って、


「なら今度、アッシュの相手をしてくれない? 彼、みさぎちゃんと同じ気持ちだと思うから」

「同じ……気持ち?」

「怪我が治ったらだけどね」


 寂しそうに微笑んだ彼女に「分かったよ」とうなずいて、みさぎは湊と顔を見合わせた。



   ☆

「俺たちが何も言わないでこっちに来たって分かった時、リーナはどう思った?」


 帰りの電車で、湊がふとそんなことを聞いてきた。

 少し前に彼はその話をして、後悔をにじませていたのだ。


 リーナを戦場に戻したくないから置いてきたと言った湊に、まだ記憶の戻っていなかったみさぎは「リーナはきっと怒ってるだろう」と返した。


 そう、確かにリーナは怒っていた。

 けれどそれは二人へ対する感情ではなかった。弱い奴は用なしだと言われた気がして、自分の不甲斐ふがいなさに愕然がくぜんとしたのだ。


 今それを聞かれても、本音は喉につかえて音にすることができない。

 躊躇ためらうみさぎに湊は何となくその理由を理解したのか、


「本当のこと言ってくれていいから」

「うん」


 まっすぐな湊の視線から、みさぎは顔をらした。


「私も一緒に戦いたいと思ったよ」


 言葉を選ぶとそれしか出てこなかった。守られるより、戦いたいという一言に尽きる。


「だから、私も戦わせて」

「もちろんだよ」


 その言葉を彼は否定しなかった。

 湊は頷いて、今度は彼なりの想いを口にする。


「だから、俺にも戦わせて」


 自分が言ったのと同じセリフを聞いて、みさぎはハッと顔を上げる。

 それぞれの想いは同じだ。

 それは、リーナの頃から分かっているつもりだった。




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