78 17年ぶりの抱擁

 あやは制服姿で二人を迎えた。

 白樺高校の冬制服は、夏と同じ赤とグレーのチェック柄スカートに赤いリボン、そして暗めの紺色ブレザーという生徒たちに人気のデザインだ。


 風紀委員の伊東先輩がいつも咲を注意しているように、スカートの丈は校則で『膝丈』になっている。

 そこに絢は不満を連ねた。 


「制服を決める時、私はスカートの長さなんて自由で構わないじゃないって言ったのよ。それなのにギャロップったら「駄目だ」の一点張りでね。あの人の好みに揃えたいだなんて、変態じゃないかって思ったわ」


 コーヒーカップを片手に主張する絢のスカート丈は、咲に対抗でもするような超絶ミニだ。靴下の指定はないが、昔流行ったらしいクシュクシュのルーズソックスを履いている。


 湊はそんな絢の姿に「えっ」と息を呑んだまま、ずっとあさっての方向を見ていた。

 ブルマの時もそうだったが、脚だけ見れば問題ないのに、巨乳のせいで苦しそうな胸元から上を見た途端、違和感を感じてしまう。


「スカートが膝丈って校則は良く聞くから、宰相さいしょうもそうしようと思ったんじゃないかな」

「異世界に来てまで兵学校みたいなことしないで欲しいわ」


 ハロン戦へ向けて十年前に高校を建てたルーシャたちの話を、この間ハリオスがしてくれた。

 まずは次元のひずみに近いという理由で、最初何もなかったこの場所に白樺台と言う町を作った。

 ここを拠点にギャロップがこの世界を調査して、十年かけて今の形になったということだ。

 ニュータウンと学校の設立から今まで怪しまれることなく過ごしてこれたのは、絢ことルーシャの魔法のお陰だという。


 地下部屋はドラマで良く見るオフィスのような作りで、窓のない壁際には棚や観葉植物が並んでいる。

 隠し扉の奥にしては意外と普通の部屋だなと思いながらみさぎが部屋を見渡していると、湊がしびれを切らして絢に尋ねた。


「あの、一華先生は?」


 その声に反応してか、部屋の隅にある大きな衝立ついたての向こうで音がして、一華本人が現れる。

 落ち着いた普段着姿の彼女は、コーヒーと山盛りのお菓子が乗ったトレイを手にやってきた。


「いらっしゃい、二人とも。テストお疲れ様」


 「どうぞ」と一華に勧められて二人がテーブルに着くと、絢がくるりとミニスカートをひるがえして空になったカップをトレイの隅に乗せた。


「ご馳走様。私そろそろ行かなきゃならないから」

「えっ、その格好で上に行くんですか?」


 一華のセリフに笑いが込み上げて、みさぎは慌てて口をつぐむ。


「問題あるかしら?」


 本人は何も気にしていない様子だ。問題だらけだと思いながら、誰も指摘できずにいると、


「それよりラル」


 絢がずっとそっぽを向いていた湊を呼んだ。

 湊は嫌そうに「はい」と振り向くが、視線を漂わせたまま彼女と目を合わせようとはしない。


「貴方この間ハロンを倒した時、ハロンが次元の歪みに吸い込まれたって言ってたけど。あれ本当なの?」

「はい」


 湊は答えて、先週のハロン戦の詳細を話した。

 剣を突いた位置から黒いモヤが噴き上がった。あのドーム型の闇も、ハロンから出た闇も、殻だけを地面に残して空に浮かんだ穴の向こうへ消えてしまったのだ。


「戻ったわけじゃないわよね……?」

「まさか――ちゃんととどめを刺せたと思ってます。死体は残っていましたよね?」


 潰れたビーチボールのような残骸は、中條が回収していた。あれがハロンの本体だったはずだ。


「そうよね」

「ハロンの気配は、ちゃんと消えてたよ?」


 みさぎも、ハロンはあそこで死んだと思っている。けれど絢は納得のいかない顔で細い息を吐き出した。


「悩んでたって仕方ないわね。何かあったらその時に考えましょう。いざとなったらまた次元隔離しちゃえば……」

「それは駄目だよっ! 今度こそ絶対に倒すんだから!」


 次元隔離すればハロンを消すことができるが、その場しのぎでしかないことは分かっている。

 いずれどこかに穴を空けるハロンを追って、また一からやり直すなんて考えたくもない。


「頼もしいわね、リーナ。一人で意気揚々いきようようとしてるのはいいけど、ラルたちが居ることも忘れずにね」


 横で湊が絢に同意して、「そういうこと」とねて見せる。


「わ、わかってるよ」

「よろしい」


 絢はニコリと笑って、制服姿のまま部屋を後にした。


「本当にあのまま行くんだ……」


 湊は信じられないという顔をして、遠ざかる足音の方を見つめる。

 地上で生徒に会えば明日はきっと噂でもちきりの筈だ。ブルマの時だって数日は盛り上がっていた。


「絢さんはこっちに来てからずっとあんな感じよ。この世界の服が気に入ったみたい」

「へぇ。ちょっとズレてる気もするけど……」

「それより二人とも、私の工房へようこそ」


 改めて一華が挨拶して、二人を歓迎した。


「あぁ、メラーレ。会いたかったよぉ」


 懐かしい彼女の面影を重ねて、みさぎは立ち上がるとそのまま一華に抱き着いた。

 前に智が「十七年ぶりに会ったら、抱き着きたくもなるでしょ?」と言って湊にしたのと同じ気持ちだ。

 お互いに顔は変わってしまったけれど、生まれる前からの親友だという事に変わりはない。


「また会えて嬉しい」

「私もよ。今日はゆっくりして行って」


 抱擁ほうようを解いて、一華は改めて湊を振り返った。


「そうだ湊くん」

「は、はい」


 コーヒーをすする湊に向けられたのは、彼女の鋭い視線だ。今まで穏やかに微笑んでいた彼女が突然見せた怒りの理由を察して、湊はガタリと椅子から立ち上がる。


「私が何を言いたいか分かるわね?」

「は、はい」


 動揺する湊の胸に、一華はピンと立てた指を突き付けた。


「あの剣が折れるだなんて、湊くんって意外と雑なのね」


 怒ったメラーレなどあまり見たことないが、鍛冶師としての彼女は確かにまじめすぎる所があった気がする。


「お爺ちゃんが居たら、がっかりするわよ」


 湊は反論できずに「すみません」と頭を下げた。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る