46 兄へ託した最後の魔法

 うつむいたまま店の奥まで行って、さきは二人掛けの席に座った。


 テーブルにひじをついて、固く握った拳にひたいを押し付ける。

 心に決めた決断を吐き出してしまいたい気持ちと、冷静になれという真逆の感情に深呼吸を繰り返した。


「悩んでるなら帰ってもいいのよ?」


 あやは「おごりよ」とクリームソーダを咲の前に置いて、向かいの椅子に座った。ボリューム多めのパニエが、バサリと音を立てる。

 今日の彼女は赤いチェックのロリータ姿だ。頭につけた大きめのリボンといい、相変わらず年齢的に無理がある。


「今日あの二人休んだんだって? ラルもやるわね」


 咲はスプーンを手に取るとむっつりした顔で絢をにらみ、「いただきます」とアイスをすくった。


「僕はラルが嫌いだし、転生しても全く変わってなかったみなとも嫌いだ。けど、あの二人はどうせくっつくんだと思ってたから、大した問題じゃない。嫌だけど」

「なんだかんだ言っても貴方はそういうトコ優しいわよね。だったらその陰気な顔の理由は何?」


「昼が一緒だったから、ともに聞いてみたんだ。運命は受け入れるものか、あらがうものかってね。そしたらアイツ、受け入れるって言ったんだよ」

「そうだったの。十月一日に今度来るハロンの話をしたわけじゃないんでしょ?」

「それは言ってないけど……」


 お前はもうすぐ死ぬんだと言えば、智の返事は変わるだろうか。


「いや、アイツは自分が生き残ることで他に犠牲が出るなんて知れば、否応なく受け入れるよ。僕も最初は逆の答えが出てくると思ったけど、今思えばアイツはチャラいくせに聞き分けが良すぎる所があるから」


 智は死に物狂ものぐるいで反抗したりはしない。ラルとこの世界に来ることを決めた時も、ラルとリーナの事も、すんなりと受け入れてしまっている。

 絢も少し考えて「確かにそうかもしれないわね」と苦笑した。


「だったらもうそれが運命だと割り切って、このまま月をまたぐのが良いのかなと思ったんだ。それならルーシャに言ってしまおうって。明日からの三連休、家に一人でいたら頭がおかしくなりそうだから」


 咲はスプーンを置いて、膝を両手でつかんだ。


「だから僕は、何も知らないふりをして十月一日を迎える」


 運命のままに結果を受け入れようと――それが答えだ。


「そんな思い悩む顔で言ってほしくなかったけど。いいわ、じゃあ一つだけ質問させて。貴方はリーナの記憶を戻したいと思う?」

「戻したいか……って。戻せるのか? 記憶ってのは勝手に戻るものじゃ……」

「聞かせて」


 絢は質問に答えず、咲の答えを待った。


「僕は、戻らない方が良いと思う。だって記憶を戻したら、アイツは智を助けたいって言うだろう?」

「言うでしょうね」

「アンタだって、未来は変えちゃいけないって言った。その方がいいんだろ? 十月一日が過ぎて、その後にリーナの記憶が戻ってアッシュともの武器を引き継げば、予定通りじゃないか」


 運命の歯車に巻き込まれるのが最善だ。じくを乱す異物になった所で、修正する能力が自分たちにあるとは断言できない。

 絢はコップに水を汲んで戻ると、いつになく神妙な面持おももちで一口もう一口とのどへ流し込んだ。


「貴方の気持ちは分かったわ。じゃあ、今度は私の番ね。貴方がこの世界に来た理由を話さなきゃ」


 答えを出したら教えると言われていた。咲には見当がつかないけれど。


「私もずっと貴方にそれを話して良いか迷っていたのよ。このまま黙っていれば、貴方が望むように十月一日は予定通り過ぎる。それは最善の事だと思うけど、私だってアッシュに死んでほしいと思ってるわけじゃないわ」

「ルーシャ……」

「最初の敵は、私がハロンを次元隔離じげんかくりした結果よ。私に責任があるの」

「いや、アンタは悪くないよ」


 咲は慌てて「違うぞ」とうったえた。

 それは、ヒルスとリーナが両親を失った戦争での話だ。


「あの時ハロンと戦える奴はいなくて、そうするのが正しいと誰もが賛同したのは知ってる。パラディンで最強だったラルの親父が遠方で戦ってて間に合わなかったのもみんな知ってるんだよ」


 いつになく声を荒げる咲に、絢は目をまたたかせる。


「ターメイヤの人たちにとって、アンタしか頼れる奴がいなかったんだ。だからアンタはハロンを次元隔離したんだろう? そこに責任が生じるなら、アンタじゃなくてターメイヤ全員の責任になるんだからな? 十二月一日のハロンも、リーナに押し付けた全員の責任だ。その後片づけをするために、ラルとアッシュがこの世界に来たんじゃないか」


 強い口調で言い切って、咲は肩を上下させた。


「いい男のセリフね。女にしとくのが勿体もったいないくらい」


 十月一日のハロンから智を救ったら、十二月一日のハロンに影響が出るだろうと、前に絢が言っていた。

 咲の出した答えは、十二月一日に来るハロン戦での絶対勝利を最優先に考えての苦渋の決断だ。


 絢はまた水を飲んだ。


「貴方に話すことを迷ってたら、あの人に言われたの。リーナの気持ちを尊重するのも一つの選択だって」

「リーナの気持ち? あの人って……?」

「ギャロップよ」


 そう言われて、咲はハッとした。彼女の言葉に、先日の記憶がよみがえる。


「ルーシャ、この間、広井ひろい駅にいなかったか? 向こうで洒落しゃれた服を着たアンタに似た人を見つけて、その後白樺台そこの駅で電車待ちの中條教官に会った」


 お泊り会から帰った朝の事だ。あの時は特に気にはしなかったけれど。


「もしかして、あいびき――」

「それは今話すことじゃないわよ。私に話をさせて」

「わかった」


 絶対そうだと確信して、咲は黙った。


 ヒルスがこの世界に来たのは、リーナと別れたくなかったからだ。

 それ以外に理由なんてないと思っていた。

 自分のエゴを無理矢理押し通してもらえたんだと勝手に理解していたのに、絢は咲にとって残酷ざんこくなことを口にする。


「リーナと別れた時の事覚えてる?」

「は?」


 急に言われて、咲は顔をしかめた。


 あの日、リーナがラルたちの後を追うと聞いて、ヒルスは慌てて城を飛び出した。

 まさに今がけを飛び降りようとするリーナの所へ駆けつけて、彼女と何を話したか――。


 ――「兄様が私にまた会えるって思ってくれるなら、多分そうなるんじゃないかと思うの。だから、私が兄様に最後の魔法を掛けてもいい?」


 咲は、そっと自分の耳を押さえた。

 何を言ったのかは分からなかったが、あのセリフの後リーナが耳元で何かささやいた感触かんしょくは残っている。


 ――「必要になったら教えてあげるわ」


 あの時、ルーシャがそんなことを言っていた。


「思い出した? それがリーナの意思で、貴方がこの世界に来た理由よ」


 絢は妖艶ようえんな笑みを浮かべて、その答えをくれる。


「リーナは最後の魔法で、貴方に全てを託したの。この世界に生まれ変わったみさぎの魔法と記憶を蘇らせる為の鍵が貴方なのよ、お兄ちゃん」

「何だよそれ――ひどいよ、リーナ」


 不安と絶望がよぎって、咲はソファにくずれた。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る