47 今日がすぐ終わってしまわないように

 つまりさきが望めば、リーナの記憶も魔法もすぐみさぎに戻るという事だ。


「リーナの最後の魔法って……消したんじゃなかったのかよ」


 ハロンと戦ってボロボロになったリーナを戦場に戻さないために、彼女の魔法を消したはずだった。


「実際は抑え込んだだけよ。けど、戦える程じゃなかったわ。もしもの為にって、私とリーナで口裏を合わせていただけ」


 ラルとアッシュが異世界へ飛んだと聞いて沈み込んでいたリーナが、アッシュが死ぬという予言を聞いて、自分も行くと言い出した。


「やっぱりリーナは最初からアイツを助けるつもりだったのか」

「あの子も最後の最後まで悩んでいたのよ? それを貴方にたくしたんだから、選んであげなさい。貴方が望まなければ、もうずっとみさぎのままで居させることもできるわ」


 咲はあやの言葉に愕然がくぜんとする。


「けどアイツはウィザードに戻りたいと思ったから、僕にそれを託したんだろう? なぁルーシャ、もし智を助けたら、この世界はどうなるんだ?」


 みさぎが智を助けたいと思っていることは分かった。けれどその不安を払拭ふっしょくする事ができず、出した決断を取り消すことができない。


「この世界の終わりが来るかもしれない」


 絢はうっすらと笑みさえ浮かべて、残酷なことを口にする。


おどしてる?」

「脅してなんかいないわ。けど、何も起きないかもしれない。分からないのよ」


 絢は横に首を振って、「アイス溶けてる」と咲のグラスを指差した。

 食べる気にはなれなかったけれど、咲は言われるままにスプーンをつかんで、呆然ぼうぜんとしながらメロンソーダに沈むバニラを少しずつ口に運んでいく。


「ついでだから話してあげる。私たちターメイヤから来た大人組が、貴方たちと違う理由をね」


 それは、向こうの世界で賢者だったハリオスこと田中校長に言われたことだ。


 ――「わしらは戦わんよ。儂らはお前たちと事情が違う」


「貴方たち四人は向こうで一度死んでからこっちに生まれ変わってるけど、私たちは死んでいないのよ。十年前にこの世界に転移してきたの。転移者は異世界に踏み込めない領域があってね、だからハロンとの戦いに介入することができないのよ」

「えっ?」


 咲は手を止めて、大きく瞳を広げた。


「貴方たちがこっちに来た十七年前にはまだ確証のできなかった、肉体の転移よ。けどできると言ってもまだまだリスクは高いの。私たちは最初四人じゃなくて五人だった。途中で一人死んだの」

「そんな……」

「元々、私たちまでこっちに来るつもりなんてなかったのよ。けどリーナがアッシュを救いたいと望んだから、彼女の事も貴方の事も、この世界の未来もそばで見守ろうと決めたの。だからリーナが貴方に全てを託したように、私たちも貴方の意思に従うわ」


 最初からそれを知っていたら、答えは変わっていただろうか。


 一人でも戦えるというラルに全てを任せて、智の犠牲を仕方ないと諦めて、一件落着という未来を選ぶのはいけないことなのだろうか。


 絢は席を立って、咲の側に寄った。

 藍色あいいろの光を右のてのひらに宿して、咲の喉元のどもとにそっと押し当てる。

 ひやりとした感触に咲は「何をするんだ?」と顔をが、逆の手に押し戻されてしまう。


「あの子の記憶と魔法を戻す呪文をあげる」


 絢の魔法を見るのは久しぶりだった。それ以上抵抗する気も起きず、咲は目の前でくねる暗い光を見つめて溜息ためいきをついた。


 何も実感はないけれど、必要なときに魔法は効力を表すという事は理解している。

 徐々に小さくなっていく光がパチンと音を立てて弾けた。


「どうするかは貴方次第よ。まだ一週間あるんだから、悩みなさい」


 咲の首から手を放して、絢はひらひらのスカートをくるりとひるがえした。



   ☆

 暗い夜道に出て、咲は晴れた夜空を見上げた。

 このまま家に帰ったらあっという間に今日が終わって、すぐに明日が来てしまう。


 遠くで鳴った音が徐々に近付いて、煌々こうこうとヘッドライトを光らせた電車が駅に入って行くのが見えた。

 どうしようかと思ったけれど、悩んでいるひまはなかった。咲は衝動のままに駆け出して、無人の改札をくぐる。


 上り列車の終点は、みさぎの居る広井ひろい駅だ。

 こんな気持ちのまま彼女に会うことはできないけれど、自分の部屋に居たら感情に圧し潰されてしまうような気がする。


れん……」


 ふと浮かんだ彼の顔に、咲はポケットからスマホを取り出した。




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