23 彼のスイッチがオンになった瞬間
道の奥に二人を見つけて、
「いらっしゃい」と手を振り返す
いつも通りの笑顔を見せる智に対し、いつも通り無口な湊。お互いへの態度がどことなく
「可愛い女子が二人で会いに来たのに、何
そう言っている咲も、じゅうぶんに機嫌が悪い。智の告白話を聞いたのが原因だが、これくらいで済んで良かったとみさぎは
「あぁ、ごめん。ちょっと男同士の話をね。ところで咲ちゃんはその靴で来たの? 可愛いけど坂道には辛かったんじゃない?」
軽くはぐらかして、智は咲の足元にぎょっとした顔をする。
「この程度の道でつまずく様なら、最初から履いてこないよ」
自信あり気な咲に「根性だね」と感心する智。
「みさぎちゃんも可愛いね。制服とは雰囲気が違う感じ。湊もそう思うだろ?」
「えっ、あ、あぁ」
いきなり振られて
二人に褒められて「ほんと?」と照れるみさぎの背中を、咲が満足そうにバシリと叩く。
「だろ? 聞いて驚くなよ、これは
「へぇ」と眉を上げる智に、みさぎは絢の所から持ってきた袋を差し出した。
「これ差し入れ。絢さんと咲ちゃんが作ってくれたの。私は遅れちゃって何もできなかったんだけど……」
「みさぎの愛情が
「それは残念。けど、来てくれただけで嬉しいよ。咲ちゃんもありがとう」
袋の底がまだほんのりと温かく、智は鼻を近付けて「さんきゅう」と礼を言った。
「今日は誘ってくれてありがとう」
みさぎはぺこりと頭を下げて、横で黙っている湊を振り向いた。偶然なのか目が合って、反射的に視線を返すと、
「危ないから、怪我しないようにね」
湊はそう注意して、みさぎの膝を指差した。昨日ハードルで
みさぎは「気を付けます」と肩をすくめた。
「ちょっとだけ見せて貰ったら帰るから」
「うん」
「それにしても、山の上にこんな場所あるんだな。修行って言うから、もっと木がごちゃごちゃしてる所かと思ったよ」
辺りをぐるぐると見回す咲に、みさぎもうんうんと頷く。
坂の下からずっと広がっていた森が、低い丘のてっぺんに来た途端
道もそこで終わっていて、校庭程の広さがある土の地面が広がった。
手入がされている様子はなく雑草は伸び放題だが、簡単なスポーツ程度なら十分にやれそうだ。その奥が下り坂か
「智が見つけたのか?」
「俺じゃないよ。ここは湊が使ってた場所。この一帯がうちの学校の所有地らしいよ」
そう言って智が指差した先には、白い大きな看板が立っていた。広い空間の一番端だ。『私有地』の文字の下に、『
「何でも、クラブか何かの施設を作ろうとしたんだけど、人が少ないから流れたって話。まぁこんな辺ぴな場所だし、山ごと買ったってそこまで高くはないんだろうけど」
絢が言っていた通り、ここは本当に誰も居ない場所だった。
咲は「へぇ」と見渡して、「だったら何しても平気だな」と笑う。
休憩中ということで、四人は差し入れのパンを食べた。もう時間も昼近くになっている。
シナモンロールの香りに耐えながら、あんぱんをかじるみさぎ。ふと気になって辺りを見回すと、湊が「どうしたの?」と首を傾げた。
「えっと。二人は修行してるんだよね? タイヤとか武器はないのかなと思って」
割と本気で尋ねたみさぎに、「えっ」と咲がパンを落としそうになる。
「タイヤって……引っ張るとか思ってたのか?」
「引っ張ったり、背負ったり……って想像しただけだよ」
急に恥ずかしくなって、みさきは横にバタバタと手を振った。智に言った時は肯定も否定もされなかった気がするが、そんな古い少年漫画のような修行ではないらしい。
「体力づくりはしてるけど、流石にタイヤは使わないよ」
湊もそれには苦笑する。
「じゃあ剣は? 二人とも、剣士なんだよね?」
湊が剣士で、智が魔剣士。
剣で戦っている二人を想像して来たが、それらしきものはどこにもなかった。
「リーナなしでハロンと戦うための、最強の剣を持ってきてる。けど向こうの世界のものだから、あんまり使いたくないんだよ。だから、今はこれで」
智がやんわりと否定して、地べたに置いてあったそれっぽい長さの木の棒を
いかにもその辺に落ちていたのを拾ってきた感じで、節があり先端も微妙に曲がっている。
「そんなのでやってるのか? 子供のチャンバラみたいじゃないか」
咲が驚いて、あんぐりと口を開いた。
「武器は一人に一つ。刃も向こうの鉱物で作られたものだし、もし何かあった時、訳も聞かずに打ち直してくれるような都合のいい
湊の説明に咲は
「確かに……けど、そんなんで大丈夫なのか? お前たちはこの世界を守るんだろ?」
「ここまで来たんだから、やるしかないよ」
智がパンを食べ終えた親指をぺろりと
「じゃあ、そろそろやってみる?」
「そうだな。二人は下がってて」
女子二人に注意して、湊もまた棒を掴んだ。彼の棒の方が若干細いが、少し長い気がする。
「模擬戦か!」
初めて見る戦いにドキドキするみさぎの横で、咲がいっそうテンションを上げて残りのパンを口に詰め込んだ。
智が湊を中央へと
「みさぎちゃんが見てると負けられないね」
清々しいくらいの笑顔で挑発した智に、ただでさえ不愛想な湊の表情が消えた。
「え……?」
そのスイッチが入った瞬間を
「今、湊くん怒ったよね?」
「智、墓穴掘ったな」
咲も気付いていたようで、くつくつと笑い出す。
「まぁ剣で湊が本気出したら、敵う奴なんていないだろうけど」
そんなこと何でわかるんだろうと思いながら、みさぎは中央で足を止めた二人を見守った。
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