22 恋バナと、苛立ちと。

「ねぇ咲ちゃん、カレンダーに何かあった?」

「あぁいや、一ヶ月って短いんだなぁって思ってさ」


 咲は明るく振舞ふるまっているが、それが本心でないことは、みさぎにも何となく分かっている。

 あやの店を出て山側へ向かうと、あっという間に何もない田舎道が広がった。キラキラとを光らせる小川の横を歩いていくと、坂の入口が見えてくる。


 場所は智から聞いている。彼は「迎えに行こうか?」と言ってくれたが、迷うような道ではなかったので、みさぎは何となく断ってしまった。

 案の定、咲には「案内なんていらない」と言われる始末だ。


「十二月一日にハロンが来るんだろ? 三か月なんてあっという間だ」

「その事だったんだ……」


 異世界を脅威きょういおとしいれたハロンが、次元を超えて十二月一日にこの町へやって来る。それを迎え撃つために、智と湊は戦う備えをしているのだ。


「私も怖いよ。だから、二人を応援しなきゃと思ってる。そのくらいしかできないから」


 せめて足手まといにはならないようにと思う。


「そうだな。何もできない……よな」


 きゅっとくちびるを噛む咲。

 ハロンへの恐怖は咲の方が強いことを感じて、みさぎは「そうだ」と彼女の前へ躍り出た。


「お泊り会の話したら、お兄ちゃんが咲ちゃんに会いたいって言ってたよ! 良かったら来週にでも来る?」

「ホントか! やったぁ!」


 表情をコロリと変えて、咲はガッツポーズした。


「前に入学式の写真を見せたんだけど、咲ちゃんの事だいぶ気に入ってるみたい。張り切って何するか分かんないから気を付けてね」


 咲なら大丈夫だとは思うけれど、れんが彼女に執拗しつようなちょっかいを出しそうな気がしてならない。


「へぇ。流石、見る目あるお兄様だな」


 咲は何故か喜んでいる。呼び方も今日に限って何故か【お兄様】だ。


「そうだな、みさぎのお兄様とお付き合いするのも面白いかもな」

「えぇ?」


 何かたくらむように笑う咲。

 蓮も恋人選別の的になったような妄想をしていたけれど、まさか本当にそうなのだろうか。だいたい、咲は蓮の顔すら見たことが無いのだ。


「やめときなよ、うちのお兄ちゃんなんて。確かに彼女が居たことはあるけど、お兄ちゃんって二次元の女の子が好きなんだよ? 夜も部屋から変な声聞こえるし」


 二股を掛けられた事情は分からないけれど、蓮の部屋は一言で言い表せない異空間になっていて、アニメ絵のポスターとフィギュアが大事そうに飾られている。

 その事を説明すると、咲は「あっはは」と笑った。


「まぁ、楽しみにしとくよ」


 そう言うと咲は急に改まった顔をして、「ところでさ」とみさぎを振り向く。

 足元の舗装ほそうが土に変わって、五分ほど坂を上ったところだ。鬱蒼うっそうとした緑の中、シンとした空気には他の誰の気配もない。

 何か言いたげな顔にじっと見つめられて、みさぎは「どうしたの?」と目をらす。


ともと何かあっただろ」


 直球だった。昨日みなととの会話でかわしたはずの話題は、急カーブしてこっちに戻ってきた。


「えっと……」

「湊を経由しないで朝から家に電話してきたり、何か急に仲良くなってる」


 はぐらかそうとするみさぎに、咲はジェラシーをにじませてプンとほおを膨らませた。

 もう隠すことはできない気がして、みさぎは昨日保健室であったことをつまんで説明する。


「それで……好きって、言われたの」

「はぁぁああ?」


 あまりにも咲の声が大きくて、頭上の木に留まっていた何羽もの鳥がバタバタッと一斉に舞い上がった。


「アイツ、何かするんじゃないかと思ったけど……保健室で押し倒されたりされてないだろうな?」


 ワナワナと拳を震わせる咲に、みさぎは「してないよ」と手を横に振る。


「言われただけだよ。そしたら一華いちか先生が来たの。智くんには何も返事してないよ」

「まずはオトモダチカラってやつか。一華先生、女神様だな」

「けど、智くんに言っちゃ駄目だよ? 聞いたことは内緒にしておいて」


 会った途端に飛び掛かっていきそうな気がして、みさぎは念を押す。

 向こうには湊もいる。何も悪いことはしていないはずなのに、下手をすれば誤解が誤解を招くトルネードに巻き込まれてしまいそうな気がした。


 けれど咲は首を縦には振らなかった。


「わかんない」

「えぇ」


 そんな聞き分けの悪い咲の位置から二百メートル程上った場所では、智が湊にその話を伝えている最中だった。



   ☆

「俺、みさぎちゃんに好きって言ったから」


 湊が智と山に入って一時間が経った。

 休憩しようかと智が言って地べたに座り込んだところで、そんな爆弾発言が飛び出る。


「……はぁ?」


 湊は耳を疑った。頭に被ったタオルを首へ下ろして「どういう事?」と聞き返す。


「お前、転校してきたの一昨日おとといだよな?」

「そんなの関係ないよ。本気だから」


 智はニコリと笑って、残っていたスポーツドリンクを飲み干した。


「彼女は何て言った?」

「分からないって言われた。だから、湊が好きなのかって聞いといたよ」

「は……? 何勝手なことしてんだよ」


 剣に見立てた木の棒をつかんで湊が声を荒げると、智は「切りかからないでよ」と肩をすくめて見せる。


「聞きたかったから聞いただけだよ。けど、それもやっぱり分からないって言われた。本心かどうかは分からないけどね」


 悪びれる風もない智を、湊は黙ったまま睨みつけた。


「湊は……みさぎちゃんが、リーナに似てると思わない?」

「はぁ?」


 唐突に出た智の意見に、湊は顔をしかめた。


「驚いたって顔してるね。まぁ気のせいかもしれないけど。自分の直感に夢見てもいいと思ってさ」

「それは相当なご都合主義ってやつだな。荒助すさのさんは俺たちの話聞いて驚いてただろ」

「俺だって思い出したのはこの間だけど? 個人でタイムラグはあると思うよ」

「でも何で。リーナがこっちに来る理由なんて何もないだろ?」

「……どうだろうね。俺たちはリーナに来てほしくないと思ったから、言わないで置いてきた。それって彼女がこっちへ来たいと思う理由がいくらでもあるからでしょ?」

「だからって、まさか――」


 ムキになる湊に「落ち着いて」と手を広げる智。


「まさかなんだけどさ。みさぎちゃんって、何かほっとけないじゃん? 彼女がリーナかどうかは置いておいて、湊だって彼女が好きなんでしょ? もしかして置いてきたリーナに悪いとか思ってる? 俺たちはもうあの世界には戻れないんだよ?」

「…………」


 黙ったまま返事を探す湊に、智は言葉を続けた。


「じゃあなんでいつも彼女といるの? 普通、クラスメイトだからって、そんなに一緒に居ないよね?」

「……そういうとこ、お前全然変わってないな」


 湊は智を睨んで、大きく息を吐き出した。一瞬言葉に迷ってから、諦めたように口を開く。


「彼女と何でいつもいるかって? そりゃあ、れてるからに決まってるだろ」

「ほら、やっぱり! 俺たちは昔と全然変わっちゃいない。けど、彼女がリーナでないなら、ラルに遠慮する気はないから。彼女にNOノーを貰うまでは期待していいものだって、俺は思ってるよ」


 智なりの宣戦布告に、湊は「あぁ」と浅くうなずいた。



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