24 その温もりを懐かしいと思った

 始まりの合図は、ともが呟いた「行くよ」の言葉だ。

 声は聞こえなかったけれど、唇の形を読んでみさぎは息をのむ。


 二人が同時に間合いを詰めて、剣に見立てた棒を振り下ろす。

 広場に響くのは、静寂しじまと足音と叩き合う鈍い木の音、時折吹く風に二人の呼吸が混じる。


 二人の動きは速いけれど、どうにか目で追うことができた。攻撃の一つ一つが相手を打ち込んでしまいそうで、みさぎは塞ぎたくなるまぶたをこじ開けて二人を見守った。

 ぎゅうっと汗ばんだ手を握り締めると、


「怖くないよ」


 横から咲が手を繋いでくれた。

 細くて華奢きゃしゃな手だ。ホッとするその温もりは、前にも感じたことがあるような気がした。


「ありがとう、咲ちゃん」


 いつかどこかで感じた懐かしさを噛み締めて、みさぎは二人へ目をらす。

 攻撃と防御が繰り返される流れが乱れ、一瞬早く智の剣先が間合いを抜けてとどめを撃ちに行く――彼が勝ったとみさぎが感じたのと同時に、


「ほら、やっぱりみなとの勝ちだよ」

「えっ?」


 その確信に驚いて咲を振り向いた。


「そうなの?」

「よく見て。湊の勝ちだ」


 みさぎが慌てて視線を返すと、向かい合っていた筈の二人の位置が変わっていた。

 湊が背後に立って、智の剣先を頭上で握りしめている。


「真正面から突いても、喰われるだけだよ」

「咲ちゃん、詳しいね」

「大好きだから」


 咲はニコリと笑う。


「あ゛あ゛あ゛あ゛っ!」


 二人の勢いが止んで、智が悲痛な声を上げた。


「俺の勝ちだな」

「お前、本気で殺しに来ないでくれる?」

「そこまでしてない」


 湊はパッと智の武器から手を放して、得意気な笑みをにじませた。

 悔しがる智に咲が駆け寄って、「惨敗ざんぱいだな」と肩を叩く。


「湊を挑発したお前が悪い。そんなに悔しいなら、私と戦ってみないか?」

「は? 咲ちゃんと?」

「見てたら私もやりたくなっちゃったの! 一回だけだから、お願ぁい!」


 咲は可愛く手を合わせると、「ちょっと貸して」と湊から武器の棒を奪った。片手に掴んだ棒の先端を智に向けて「ね?」と構える。


「海堂、遊びじゃないんだぞ? そんな格好でやめとけよ」


 あきれ顔の湊の注意にも、「平気平気」と咲はやる気満々だ。

 ミニスカートでヒールをはいた咲に、戦闘経験があるとは思えない。さっきの「大好き」は、『観戦する』の意味ではないのか。


「危ないよ、咲ちゃん」


 心配するみさぎにも「大丈夫」と言って、咲は広場の中央へと歩いていった。


「じゃあ一回だけだよ? 俺が受け止めるから全力で来て」


 仕方ないなと言いながら、智が咲と向かい合う。

 智の言葉に嬉々ききして、咲は声を弾ませた。


「ホント? 全力でいいのか? じゃあ、いっきまーす!」


 言い終わるのと同時に咲の振り上げた棒が、智の防御を抜けて彼の首元を捕らえた。あっという間の制止。


「ちょ……咲ちゃん……?」


 突き付けられた先端に、智は言葉を失って固まってしまう。

 みさぎはかたわらに立つ湊を、そっと見上げた。


「湊くん、これって咲ちゃんの勝ちってこと……?」


 あまりにも一瞬の事で、始まったのか終わったのかさえよく分からなかった。

 「そうだね」と答えた湊は呆れた様子で腰に手を当てる。


「やった、勝った!」


 咲が詰めた二歩分の間合いは、みさぎも目で追いかけるのがやっとな程に速かった。


「……まぐれ?」


 驚愕の表情を顔に貼りつけたまま声を震わせた智に、咲はこれでもかという笑顔を浴びせる。


「まぐれだよ!」









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