16 保健の先生は、癒し系の眼鏡女子

 その言葉があまりにも突然すぎて、みさぎは「えっ」と口を開いたまましばらく動くことができなかった。

 何か言おうと出かけた言葉が、音になる前にどこかへ消えてしまう。


「びっくりした?」


 爽やかな笑顔で聞いてくるともに、みさぎは無言で何度もうなずいて見せる。

 びっくりした――そう、それが今の一番の気持ちだ。


「会ったばかりで告白するなんて、コイツ何言ってるんだろうって思うだろうけど。俺、昨日からみさぎちゃんのこと気になってて。こういうのって、好きっていうんじゃないかな」

「どうなの……かな」


 はにかんだ智に、みさぎは何と答えていいか分からなかった。昨日れんに言われた言葉が身に染みる。


 ――「家まで送ってくれようとするなんて、向こうは好きってことなんじゃないの?」


 そんなこと、あるわけないだろうと思っていたのに。


 まっすぐな智の視線をのがれて必死に答えを探すが、思いをはっきりとまとめることができない。

 そんなみさぎの様子に、智は「ごめんね」と謝った。


一目惚ひとめぼれってのもちょっと違うんだけど。みさぎちゃんのこと好きだから。一応、俺の気持ちだって受け止めといて欲しい」

「……うん」


 うまい返事ができず、申し訳ない気持ちのまま、みさぎはうなずく。


「それともみさぎちゃん、みなとのことが好きだった?」


 その名前にゴクリと息をのんで、みさぎはふるふると横に首を振った。

 湊への気持ちさえ、自分でも良く分からない。


「ごめんなさい。そういうの、ちゃんと考えたことなかったから……」


 思いのままに伝えると、智は「気にしないで」と優しく微笑む。


「だったら今は、友達として側に居させて欲しい。気持ちが変わったら教えて」

「うん、ありがとう。智くん……」


 ふいに衝動が起きて、目の前がうるんだ。どうしてかは分からないけれど、泣いちゃ駄目だと涙をこらえる。


「みさぎちゃん?」


 智が慌ててテーブル越しに手を伸ばした。みさぎの髪に彼の指先が触れるその手前で、ガタリと廊下で音が鳴る。


「ひえっ」


 びっくりした女の声に二人が顔を見合わせる。そろりと同時に振り向くと、十センチほど開いた扉の隙間すきまに、白衣姿の彼女が立っていた。


「あっ、先生!」

「ご、ごめんなさい。入るタイミングがつかめなくて……」


 熊柄のマグカップを片手に、もう片方の手で「ごめんね」のポーズを作るのは、養護教諭の佐野一華いちかだった。


 アンダーリムの赤い眼鏡に、フワフワのロングヘア。

 まだ若い彼女は男子からの人気も高い。クラスの盛り上げ役の鈴木も、しょっちゅう体調を崩しては保健室に通っていた。


「先生、いつからそこにいたんですか?」


 智が立ち上がって緊張を走らせる。

 彼の気持ちもそうだが、その前に過去の話もしている事を思い出して、みさぎはきつめに息を飲み込んだ。

 けれど一華は「あぁ……」と戸惑いながら顔を真っ赤にして、


「お、お、俺と付き合って……から」


 片手がカップでふさがっていた彼女は、「きゃあ」と目を閉じた。


「ゴメンね、聞くつもりはなかったの。コーヒーいれて戻ってきたら、声が聞こえちゃって」


 しどろもどろになる一華とは対照的に、智は浅く安堵あんどこぼす。


「いや構わないですよ。それより彼女転んじゃったんで、手当てしてやって下さい」

「は、はいっ」


 一華は意気込んで机にカップを置くと、みさぎのひざを確認した。


「これくらいなら心配ないわ。とりあえず消毒しておきましょうか」


 もう傷口の血は止まっていて、一華は「大丈夫よ」と穏やかに微笑んだ。


「じゃあ、俺戻るんで。あとはお願いします」

「えっ、智くん?」


 戻ると言った智が急になく感じて、みさぎは「それじゃ」と言った彼を呼び止めた。


「先生来るまでって約束だったから。また後でね」

「う、うん。ありがとうね」


 「おぅ」と笑顔を残して、智は早々に校庭へと戻って行った。



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