7 恐怖の大怪獣が現れる

「ええええっ!」


 店に響いたみさぎの驚愕きょうがくに、ラジオの音すらき消えた。

 他のテーブルからの視線が集まって、さきが「すみませぇん」と可愛く手を合わせる。


「そんなに驚くとは思わなかったな」


 ともは視線が散らばるのを確認して、困惑こんわくするみさぎをなだめた。


「だって、魔物が来るなんて言うから……」

「大丈夫、私はずっとみさぎの側に居るよ」


 頭の中で想像するのは、いつか映画で見た地球へ飛来する大怪獣だ。

 背中にれた咲の手に緊張を緩め、みさぎは智を見上げた。


 智の言った言葉を要約すると――つまり、二人の居た世界を脅威きょういおとしいれた『ハロン』という魔物を『次元の外』へ追い出した。それで一件落着したと思ったのに、ハロン魔物は何故か、地球の、日本の、この町に現れるというのだ。


「今年の十二月って……年末ってこと?」

「そういうこと」


 彼等の話を信じたいと思うのに、平和すぎるのんびりしたここの風景とはあまりにもかけ離れていて、現実味がいてこない。

 咲も「すごい話だけど」と首をひねった。


「東京とかならまだ――いや、百歩譲って広井ひろい町なら分かるけど。こんなド田舎にピンポイントで現れるだなんて話を信じろって言うのか?」

「だから、信じるかどうかは任せるって言ったんだよ。ハロンがこの町を選んだんじゃない、たまたま辿り着くのがここなんだ」


 「な」と顔を見合わせる智から引き継いで、湊が咲に声を掛ける。


「海堂も怖いの?」


 咲は「そりゃあね」と素直にうなずくが、怖がっている様子はまるでなかった。組み替えた足にミニ丈のスカートがピラリとめくれて、みさぎが慌てて手を伸ばす。


「見えるよ、咲ちゃん」

「いいんだよ。見た奴には千円ずつ払ってもらうから」

「はぁ?」


 「ふざけるな」と湊が目をらすと、智は「あっはは」と笑ってみさぎを振り向いた。


「みさぎちゃんはどう思う?」

「本当のことなんだよね……?」

「うん」


 智はうなずく。


「俺たちはハロンと戦うためにここへ来た。ヤツと再戦するため、ルーシャの力でこの世界に生まれ変わったんだ」

「生まれ変わったってのは、俗にいう異世界転生してきたってやつだろ?」


 咲の言う例えに、みさぎはうんうんとうなずく。アニメや漫画の設定でよくある話だ。

 湊も「まぁ、そういうことだ」と否定はしない。


「異世界転生なんて言葉はこっちに来てから知ったんだけどな」

「じゃあ、お前たちはトラックにかれてここに来たのか?」

「はぁ? トラックなんて向こうの世界にはなかったよ」

「何だよぉ。異世界転生っていえば、トラックに轢かれるもんなんじゃないのか?」

「だからトラックはなかったって。確かに俺たちは向こうで一回死んで来た。真面目に言うと死ぬ寸前に魂が飛ぶって聞いたけど、詳しくは俺も分からないよ」


 咲が面白がるのにも、いちいち智は返事をくれる。彼はいい人なんだなと思うのと同時に、みさぎは前にもこんなことがあったような気がして「あれ」と小さく首を傾げた。


「それで、お前たちは強いのか?」


 咲が改まった顔で、溶けた氷の水をストローで吸う。


「十七年前ハロンと戦ったのはお前等じゃなくてリーナなんだろ? リーナに全部任せてたお前等が、二人でそんな凄い敵を倒せるのか?」

「本気にしてくれるんだ」


 湊が目を細める。

 咲は「当たり前だ」と睨み返し、テーブルに乗せた手を強く握りしめた。


「私は真面目なんだからな。リーナじゃなくて、お前等がハロンと戦うためにこの町に来たって言うんなら、やっつけてもらわないと困るんだからな?」

「リーナはハロンと戦ってボロボロだった。背負うものが大きすぎて、自分の肩書に圧し潰されたんだ。だから俺たちがルーシャに頼んで彼女の力を消してもらった。リーナはもうウィザードでも魔法使いでもないんだ。彼女の使命を俺たちが引き受ける覚悟で来た」

「俺たちの世界が出したゴミは俺たちでちゃんと始末する。戦う武器はちゃんと持ってきてるんだ」


 湊が続けると、咲は「ほぉ」と顔を上げる。


「頼もしいね。けど、意気込みだけで世界は救えないんだからな?」


 咲はいきり立った感情に、テーブルをバシリと叩いた。


「咲ちゃん?」

「ごめん、みさぎ」


 不安がるみさぎに咲が謝ると、湊が「分かってるよ」と小さく吐いた。


「なぁに暗い話してるのよ。男女四人で楽しく新歓コンパでもしてたんじゃないの?」


 くぐもったテーブルの空気を蹴散けちらすように声を掛けてきたのは、店員であり高校の臨時教師でもあるあやだった。

 彼女の登場とともに辺りが甘い匂いに包まれる。

 「わぁ」と笑顔を広げたのもつかの間、混じり込むスパイスの香りにハッとして、みさぎは鼻を手で覆った。



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