6 可愛い少女が異世界を救った話

 みなとともが日本に生まれる前に生きていた世界は、異次元空間を挟んだ先にあるという。


「実際、俺もよく分かってないけど」


 悪気ない笑顔を見せて、智は続けた。

 二人が居た国の名前は『ターメイヤ』。今みさぎたちのいる世界とは違い、魔法が存在する本の中のような場所だ。

 二人は兵士で、ウィザードの側近だったらしい。


「ウィザード?」

「魔法使いの中でも最高位の存在……まぁ、強い魔法使いってことだよ。ある日突然空が暗くなって、国が恐怖に飲まれた。ハロンって魔物が現れたんだ」

「魔物?」

「まぁ、ゲームで言えばラスボスみたいなものかな。映画だと大怪獣ってとこ」

「そんなのが現れたの?」


 智は表情を険しくして「うん」と唇を噛んだ。


「強かった。本当に……俺なんて全然歯が立たなかった。生き残れたのが不思議なくらいだよ。リーナが居なかったら、もうあの世界は消えていただろうね」

「リーナ?」

「俺たちが仕えたウィザードの名前だ」


 湊が横でボソリと呟く。過去を見つめる微睡まどろんだ瞳は、彼が電車で外を眺める表情に似ていた。


「リーナってことは女性なの?」

「女性っていうか、女の子。初めて会った時、リーナは俺たちより年下の十四歳だったんだ」

「若い!」

「うん。リーナはめちゃくちゃ強いウィザード様なんだけどさ。初めて会った時は小さくて、可愛くて、全然そんな感じじゃなかったんだよ」


 みさぎは自分より年下の彼女を想って息を呑んだ。

 魔術師とか魔法使いとか言うとカッコいい気がするけれど、戦うからには怪我もするだろうし死ぬことだってあるだろう。

 智がハロンとの戦いを口にすると、湊はうつむいたまま押し黙ってしまった。


「戦闘が長引いて、五分五分の戦いが続いた。最前線に立ったリーナは心身ともに疲弊ひへいしてね。力不足の俺たちにはどうしてやることもできなかった。だからそれ以上の戦闘続行を危惧きぐして、彼女の師だったウィッチの――ウィッチは魔女ってことね。そのルーシャって名前の彼女が最終手段をくわだてたんだ」

「最終手段?」


 一つ一つの説明を理解しようと必死に聞き入るみさぎの手を、黙った咲がテーブルの下でそっと握りしめる。

 咲の手が震えていた。いつも強気の彼女だけれど、智の話を聞いて怖くなったのだろうか。


「咲ちゃん?」


 小さな音で問いかけるが、返事はなかった。

 智を睨みつけたままの横顔に不安を覚えて、みさぎは咲の手にもう片方の手を重ねる。

 咲はハッとしてみさぎを振り返ると、『ありがとう』とでも言うように少しだけ微笑んだ。


「異次元への隔離かくり。つまり次元に触れることのできるルーシャの力で、ハロンを次元の外へと追っ払ったのさ」


 智は淡々と答えた。


「異次元って……本とかで言う異世界みたいなものなの?」

「いや違う。異世界だと、そこに住んでる人が居るでしょ? その世界と世界の間に、広い隙間があるんだ。世界を部屋に例えるなら、それを繋ぐ廊下だって言えばわかるか?」

「廊下って。ムードないな」


 咲はみさぎの手をそっと離すと、テーブルの外へ向けてり返るように足を組んだ。


「ムードとかいらないの。分かればいいんだから」

「けどそれでターメイヤは平和になったんじゃないのか?」

「うん、平和になったよ。リーナやルーシャのお陰だ。戦争も含めて何年も落ち込んでいた世界に、ようやく平穏が戻ったんだ」


 それで『ターメイヤの脅威きょうい』は一件落着したんだと言った智の口が、「けど」と陰る。


「終わりじゃなかった。ルーシャには未来を読む能力があってさ」


 そこまで言ったところで、智は急に言葉を詰まらせる。目を大きく開いたまま視線を宙に漂わせて、「やっぱりごめん」と零した。


「やめとくわ」

「はあっ? 何だよ。そこまで言って終わるなよ。未来を読むその女がどうしたんだよ。そうやって黙られると、私たちにとって相当都合の悪い事みたいじゃないか」

「咲ちゃん……」


 苛立いらだつ咲の腕をつかんで、みさぎは「ごめんなさい」と二人に謝った。


「言い辛い事なら言わなくていいよ。けど、二人が話してくれたことは信じる。嘘だなんて思えないから」

「みさぎちゃん……」


 きまり悪そうな顔をする智に、湊は「ばぁか」と呟いて溜息を漏らした。


「そこまで言ったんなら、終わらせるわけにいかないだろ? あることないこと勘ぐられる方が面倒なんだよ」

「そう……だよな、ごめん。大丈夫、俺たちがちゃんと守るから」

「守る?」

「異次元で消滅するだろうと言われてたハロンは、どうやら今もそこに留まって生き続けているらしい。長い時間をかけて傷を癒して、出口を見つけるのが十七年後の未来――ヤツは、今年の十二月一日にこの町に現れるんだよ」


 だからここに来たんだ――という話の末尾は、みさぎの悲鳴に近い叫び声に掻き消えてしまった。


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