5 それはもしかしたら異世界転生というやつなのかもしれない

 ラジオから流れてくる昼下がりの恋愛相談が終わって、流行はやりのアイドルが歌うラブソングが店の中に響き渡っている。

 テンポの良い「夏だ、海だ」とはしゃぐ元気な曲調とは裏腹に、みさぎたちのテーブルにはキンと鋭い緊張が走っていた。


 両腕を組んで智の言葉を待つ咲の横で、みさぎはメロンソーダをちびちびとすすりながら、機嫌悪そうに黙り込むみなとを伺う。


「あの、言いにくい話なら、別に……」

「いいんだよ、みさぎ。智は話してくれるって言ってんだし、聞こうよ」


 ただの興味本位が、やたらと真剣な話に発展してしまった。咲はいつの間にか智の事を呼び捨てにしている。


「本気なのか?」


 湊はいつになく声をとがらせて智を振り向いた。


「お前、この二人に何をしゃべる気だよ」

「いいじゃん、別に。どうせ信じてもらえる話でもないし」

「だからって言わなくてもいいだろう? 話したら巻き込むことになりかねないとは思わないのか?」


 狼狽ろうばいする湊に、智は悪びれた様子もなく笑顔さえ見せる。


「大丈夫だよ。久しぶりなのに全っ然変わってないね。眼鏡かけるようになったくらい?」

「そうやって今までも他の奴等に話してきたのか?」

「いや、ここで話すのが初めてだよ。大体、俺が記憶を戻したのは高校に入ってからだし。慌てて親に頼み込んで、こっちに編入……」

「ちょっと待てよ」


 湊が智の言葉をさえぎる。ドンとテーブルを叩いた衝撃で、クリームソーダのグラスがカチャリと揺れた。


「そんな最近の事なのか? 俺は五才の時にはもう自分が自分だって分かってた」

「お前は昔から優等生だったもんね」


 二人の口から出た『記憶』という言葉に、みさぎは首を傾げた。それは智の言っていた『生まれる前』の事なのだろうか。

 困惑するみさぎに助け舟を出すように、咲が二人に声を掛ける。


「おいおい、二人で話すとみさぎが混乱するだろ? 生まれる前の記憶とやらを思い出して、智がここに編入してきたってとこまでは分かった。けど何でここに来た? オトモダチの湊がここに居るって知ってたから来たのか?」

「あぁ、ごめん。湊の事を知ってたわけじゃないよ。けど、居るだろうとは思ってた。ここが俺たちの集まる場所だったからね」

「ここが?」


 咲が地面を指差すと、智は「厳密には少しズレてるけど」と説明して「この白樺台がってことだよ」とうなずいた。


「へぇえ」


 咲は不気味なくらいの笑顔を見せて、湊を一瞥いちべつした。何でも答えをくれる智に甘えて、彼女は質問を重ねていく。


「ところで、ラルってのは湊の事なのか?」


 咲の言うその言葉に、みさぎも聞き覚えがあった。


「そういえば智くん、湊くんにラルって言ってたよね」


 教室で二人が抱き合った時、智が湊をそう呼んでいた。その後の衝撃が強すぎて誰もその事には触れなかったが、気のせいではないはずだ。

 智と湊は少し驚いた顔を見合わせる。


「咲ちゃんって、ちょっと変わった女の子だと思ったけど、怖いくらいだね」

「海堂はこういう時だけやたら頭が回るんだよな」

「褒められた」


 ニコッと笑う咲。

 頭を抱えた湊は疲れたようにメロンソーダをすすって、返答を智へ促した。


「ラルは、湊がこことは別の世界に居た時の名前なんだ」

「別の世界……」


 目をぱちくりとさせるみさぎに、智は浅くうなずいた。


「俺がアッシュで、湊がラルフォン」


 その名前を聞いて、みさぎは黙ったままそっと自分の胸に手を当てた。

 何かの本で読んだことがあるのかもしれない。その音にどこか懐かしい響きを覚えた。

 けれど確信など何もない。


「信じるかどうかは任せるけどさ」


 智はそんな前置きを入れて、みさぎの知らない世界に起きた脅威きょういを話し始めた。


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