8 苦手なものはたくさんある
「育ち盛りの若者が昼にクリームソーダだけなんて、身体に良くないわよ。これ今度店に出そうと思って焼いてみたんだけど、食べてくれない?」
「差し入れですか? やったぁ」
パチリと手を合わせて喜ぶ
焼き上がったばかりのようで、立ち込める熱気がスパイスの香りを漂わせる。高さのある丸いパンで、中心に描かれた黒い渦に白い砂糖がコーティングされていた。
「あ、俺これ好き。シナモンロールですよね」
「そうよ、転校生くん」
男子二人が「いただきます」と遠慮なく手を伸ばした所で、咲が「どうした?」と険しい顔をするみさぎに声を掛けた。
焼き立てのシナモンロールを絢は他のテーブルの生徒にも配っていて、店内はそのスパイシーな香りで充満していた。
「あぁ、みさぎはシナモン苦手だっけ」
みさぎは両手で鼻と口をを押さえたまま、「ごめんなさい」と絢に謝る。
「気にしないで。シナモンって好き嫌い別れるわよね。なら違うの持ってきてあげるわ」
「ありがとうございます」
絢はカウンターの向こうからアンパンを取って来て「どうぞ」とみさぎに渡した。
「転校生くんたちはどう? 美味しい?」
「はい。みさぎちゃんの分も頂いていいですか?」
「構わないわよ。口に合ったなら良かった」
みさぎの分のシナモンロールを半分にして、男子二人があっという間に完食する。
絢が満足そうに微笑むと、咲も「めちゃくちゃ美味しいですぅ」と笑顔を広げた。
絢は隣の席から空いた椅子を引いてきて、興味津々な顔を四人の間に突っ込む。
「で、さっきは何の話してたの? 人生相談なら乗るわよ。それとも恋愛相談?」
「あ、いえ。そういうのじゃないんです」
アンパンにかじり付きながら、みさぎは手を横に振った。どうやって誤魔化そうか考えていると、咲がニコリと笑って返事を返す。
「絢さぁん。この二人ったら、トラックに
「ええっ? なにその話」
「だから、トラックになんて轢かれてないから!」
否定する智に、キラリと目を輝かせる絢。
湊が「オイ」と
「楽しそうな話してるなら、それでいいのよ。四人とも仲良くするのよ?」
空になった皿を持って、絢はカウンターの向こうへと戻って行った。
「ドキドキしちゃった」
みさぎは大きく胸を
「
「はいはい」と返事する智の向かいで、咲は急に火が消えたように黙り込んで、食べかけのシナモンロールを見つめていた。
☆
帰り際、店の出口に真新しいポスターが貼られているのを見つけて、みさぎは足を止めた。
高校の裏山にある神社で開催されるという、秋祭りの告知だ。
「もうそんな時期か。毎年同じ日にやるんだけど、屋台がいっぱい出てさ。その日は町からも結構客が来て、賑やかになるんだ」
日付は月末最終日の九月三十日と書かれている。
四人の中で唯一この町に住む咲が、楽しそうに声を弾ませた。
「へぇ。じゃあ、みんなで行こうよ」
「みんなって、この四人でってこと?」
みさぎの提案に咲は少々不服な顔をして、「しょうがないな」と腕を組む。
「本当はみさぎと二人で行きたいけど、四人でも構わないよ。あ、でも地球を救う準備とかがあるなら、遠慮してくれても構わないんだからな?」
「咲ちゃんって本当にみさぎちゃんが好きなんだね」
「ちょっと異常なくらいにな」
「何だよ湊。私とみさぎは唯一無二の親友なんだからな」
そう言って咲は、みさぎの腕に両手を絡ませた。
「あはは。祭は俺たちも混ぜてもらえたら嬉しいよ。準備とかは気にしないで」
ハロンの襲来は十二月一日だという。それまであとちょうど三か月だ。
みさぎは背中にぞわぞわっと走る恐怖を感じて、自分をぎゅっと抱きしめる。
「準備か、そうだよね。この町が襲われちゃうんだもんね」
「心配しなくていいよ」
先に行く湊がみさぎを振り返るが、急な雨音に視線を返した。
「あ……」
さっきまでは天気だったのに、壁越しでも分かるほどに激しい雨が地面を打ちつける。
みさぎは雨が苦手だった。小さい頃からずっとそうだ。
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