2 初めての転校生は、可愛い女子がいい

 ロマンスグレーの髪を生温い風に揺らしながら手を振る校長にぺこりと頭を下げて、みさぎは黙った二人に「どうしたの?」と声を掛けた。

 ピリと漂った緊張感が気のせいであったかのように、咲が「いやぁ」とはぐらかしてスカートのウエストをくるくると詰めていく。


「こんなへんぴな田舎の学校に来るなんて、物好きな奴もいるなと思ってさ」

「今流行りのアイターンとかかな?」

「別に家がここだって、広井町ひろいちょうの学校には通えるだろ? わざわざ近所の高校を選ばなくたっていいと思うけどな」


 広井町は、この白樺しらかば台駅から三駅離れたみさぎの家がある町だ。確かに向こうはここより都会だし、学校も多い。

 それを言ったら白樺台に家があるのは三人のうち咲だけで、湊の家も広井町から更に一つ遠い有玖あるく駅にあった。


「咲ちゃんは町の高校に行こうとは思わなかったの?」

「家から近い方がいいんだよ。ギリギリまで寝てられるし」

「言ってることと逆だけど、そうなんだ。湊くんはどう思う?」

「……え?」


 彼はずっと物思いにふけっていたようで、覗き込んだみさぎに驚いて「ごめん」と謝った。


「えっと、荒助すさのさんは校長先生に誘われて、ウチの高校に入ったんだっけ」

「うん、そうだよ。図書館で偶然校長先生に会ったの。それで、良かったらどうですか? って言われて」

「あの爺さん、ここが私立だからって外で勧誘ナンパしまくってるんだな」

「もう、咲ちゃん。そういうのじゃないよ。けど確かに生徒は多い方がいいよね、毎年定員割れしてるし」


 咲の言い方には問題があるが、そうなのかもしれないとも思ってしまう。一応山奥という事で一学年一クラス設定だが、定員の三〇人にはどの学年もまだまだ余裕がある。


 去年の夏、みさぎは広井町の図書館でよく受験勉強をしていた。そこで何度か会った田中という初老の男にここの校長だと聞かされたのだ。


 ――「進路に迷っているなら、うちに来ませんか? ちょっと遠いけどね」


 友達が居なかったわけでも、成績が悪かったわけでもない。ただ、どうしようか迷っている時にタイミング良く声を掛けられたのだ。


「ずっと町に住んでるから、田舎もいいなって思って。制服も可愛いし」


 半袖シャツに、赤とグレーのチェック柄スカート。そして、胸元の赤いリボンが白樺高校の夏の女子制服だ。男子は開襟シャツにスカートと同柄のパンツで、生徒たちからは高評価を受けている。


 くるりと回って「可愛いでしょ?」と微笑むみさぎに、「そんな理由か」と苦笑する湊は、もういつもの彼に戻っていた。

 咲は「うん、みさぎは可愛いよ」と納得顔で、校門に居る校長を一瞥いちべつする。


「だったら校長先生は、私とみさぎの恋のキューピットだな」


 夢心地に胸の前で両手を合わせる咲に、湊が「キモっ」とヤジを飛ばす。


「キモいとは何だよ、湊。だったらお前は何でここに来たんだよ。頭悪くて、ここにしか入れなかったんじゃないのか?」

「咲ちゃん、湊くんにそんな。クラスで一番頭いいんだから」

「だから嫌味言ってるんだよ」


 ボロリと吐く咲にみさぎは肩をすくめ、湊をそっと見上げた。

 確かにテストでほぼ満点の湊には、この学校は物足りないような気もする。


「湊くんはどうしてここを選んだの?」


 校舎前に建てられた二宮金次郎像に差し掛かったところで、湊はそっと足を止めた。


「俺は、使命を果たすためにここに来たんだ」

「使命……?」


 湊はそれ以上答えず、「先行くね」と校舎へ入って行ってしまう。


「なぁにカッコつけてんだよ」


 首を傾げるみさぎの横で「ハン」と不機嫌に腕を組み、咲は下駄箱の前で靴を脱ぐ湊の背中を睨みつけた。



   ☆

 夏休み明けでいつも以上に騒がしかった教室が、担任の登場とともに大人しくなる。

 三〇代半ばの教師・中條明和なかじょうめいわは、いささか暑苦しい彼のトレードマークであるおかっぱの髪を後ろにかき上げると、日に焼けた顔を全員に向けて「おはよう」と挨拶した。


 転校生を待ち構えた生徒十五人が「おはようございます」と声を合わせる。

 前の扉は開いたままだ。「入りなさい」と呼び掛けた中條の声にひと呼吸間を置いて、転校生が姿を現す。


 ついさっき「可愛い女子希望!」と騒いでいた盛り上げ役の鈴木が、一番最初に「あぁ」と悲痛の声を漏らした。


 入ってきたのは、背の高い男子だった。

 ツンと立てた短い前髪に、大きめの瞳。額の横には怪我をしたのか斜めに絆創膏が貼られている。


 彼は黒板に名前を書きだした中條の横に立って、クラスメイトを見渡した。そして紹介を待たずに窓際の通路に進んで、一番後ろの席へ一直線に向かう。


 彼の行動に生徒たちがざわめく。

 そこにあるのは湊の席だ。湊は驚きもせずに立ち上がると、この時を待っていたかのように転校生へ声を掛けた。


「遅いぞ」


 知り合いだろうかとみさぎが廊下側の席から二人に見入っていると、転校生が突然声を震わせて湊にぎゅうっと抱き着いたのだ。


「ラル、やっと会えた」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る