1章 異世界から来た二人

1 スカートの丈は短い方が可愛い

 広井ひろい駅を過ぎて少しすると、電車は大きな川を超える。そこからはもう民家もほとんどない田舎の風景が広がっていた。


「何考えてるの?」


 小さな集落の無人駅を過ぎたところで、荒助すさのみさぎは窓辺に並んだ相江湊あいえみなとに声を掛けた。

 うつろ気な彼にみさぎがそれを尋ねるのは、入学式から数えてこれで二回目だ。


「あ、いや、天気良いなと思って」


 前も同じような返事だった気がする。うながすように空を見上げた彼の視線を追って窓の外を覗き込むと、まだ真夏を抜けきらないモクモクの入道雲が連なる山の緑に重なっていた。


「今日も暑くなりそうだね」


 「だな」とほんの少し笑って見せて、湊はまた風景に没頭ぼっとうした。


 広井駅を過ぎると、車両の中は二人きりだった。恋人同士というわけではないが、他に誰もいない車内で離れているのも余所余所よそよそしい気がして、なんとなく側に居る。

 みさぎが挨拶すれば彼はちゃんと答えてくれるし、嫌がっている様子もない。ただ毎度のように黙って外を眺める彼は、どこか寂し気な空気をまとっているように見えた。


『次は白樺台しらかばだい


 少しずつ民家が増えてきたところで、アナウンスが流れる。

 山奥の小さな町の駅に下りるのは、全員が同じ高校の生徒で十人程だった。そのほとんどが出口に近い一両目に集中した結果、二両目がみさぎと湊の二人きりになってしまったという次第だ。


 そして、そんな二人の関係を良く思わない人物が、改札の向こうで待ち構えるのも毎度のことだ。


 エアコンのきいた車内からホームへ下りると、昨日の雨で湿度の高くなった暑い空気がムンと広がった。

 「あっついね」とみさぎが手うちわを扇ぐと、湊は「来たよ」と改札の向こうを指差す。


「咲ちゃん!」


 みさぎの到着を待ってましたと言わんばかりに笑顔を広げる彼女は、同じ一年の海堂咲かいどうさきだ。

 ウエストをくるくると巻き上げた超絶ミニ丈のスカートからしみない美脚をさらして、改札を潜るみさぎを迎えた。


「おはよう、みさぎ。会いたかったよ。ついでに湊も、おはよう」


 大袈裟おおげさに目を潤ませる咲を冷たい目でチラ見して、湊は「おはよ」とそっけなく返事する。


「おはよう咲ちゃん。でも、この間一緒にプール行ったばっかりだよね?」

「そんなの一週間も前だろう? それは長いって言うんだよ。あの時のみさぎは、めちゃくちゃ可愛かったな」


 鞄を胸に抱きしめて、咲は「うんうん」と夢見がちに何度もうなずいた。

 ちなみに、咲がいつも下ろしているストレートの髪を高い位置で結わえているのは、この間プールに行った時にみさぎが「ポニーテールも可愛いよ」と褒めたからだと思う。


「あの時の咲ちゃんは凄かったよね」


 地味なワンピース型の水着だったみさぎに対し、咲が着ていたのは、布地も半分以下の大胆なビキニだった。スレンダーな悩殺ボディで他校の男子を魅了していたが、本人は彼等に全く興味ない様子だった。


「折角の身体だし、隠しとくのは勿体ないからね」


 疲れた溜息を吐き出す湊に、ニヤリとする咲。


「何だよ湊。そんなに私の水着姿が色っぽかったか?」

「はぁ? 興味もないね」

「そうかぁ。私の魅力が分からないなんて残念な男だね」


 咲が自信あり気に胸を張ると、湊は彼女を睨みつけた顔をぷいとそらし、スピードを上げて前を歩いた。


 校門で新学期の生徒を迎える校長に、三人はバラバラに「おはようございます」と頭を下げる。


「はい、おはようございます」


 校長の田中は微笑むと目が無くなってしまう、見た目も中身も温和な初老の男だ。それとは対照的に、横で一緒に立っていた風紀委員で三年の伊東がキラリと咲に目を光らせる。


「海堂さん」


 一月ぶりの服装チェックに伊東の声も鋭くとがった。


「貴女はいつもいつも、そんなに僕の注意を受けたいんですか?」


 理由は咲のスカート丈だ。校則は『膝丈ひざたけ』だが、それより二十センチほど短い明らかな校則違反を彼は無視することができない。

 ヒラヒラと揺れる短いスカートを指差す伊東に、咲は「いやぁん」と恥ずかしがって見せる。


「毎回毎回、気にしすぎですよぉ。スカートは短い方が可愛いじゃないですか」


 声色を変えて、いつもの数倍増しで可愛こぶる咲の攻撃に、伊東は恥ずかしそうにしながらも「駄目です」をつらぬいた。


「はぁい、わかりました」


 一応、ここで素直になる咲。くるくると巻き上げてあるスカートをくるくると反対に下ろすと、ようやく風紀委員納得の膝丈スカートになった。


 「よろしい」と頷く伊東の横で、「海堂さんは元気ですね」と校長はたいして気にもしていない様子だ。

 咲は「じゃあ」と頭を下げて校門を潜り、十歩ほど歩いたところで再びウエストに手を掛ける。ニヤリと策士さくしの笑顔をみさぎに向けて、彼女が再びくるくるとスカートを巻き始めたところで、校長が三人を呼び止めた。


「そうだ君たち。今学期から一年のクラスに転校生が入ったので、仲良くしてあげて下さいね」

「へぇ、本当ですか!」


 こんな山奥の高校に誰かが編入してくるなんてまれなことだが、引っ越して来た人なのだろうか。

 どんな人が来るのかとみさぎはわくわくと胸を躍らせたが、咲と湊は同時に緊張を走らせた。



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