第5話

 その後、彼に俺は連絡する事もなく、彼から連絡が来る事も無かった。

 むしろ俺は、彼を避けていたのかもしれない。

 ある日、彼のLINEが、「ユーザーがいません」と、いう表記になっていた。

 不安になった俺は、最初に彼を紹介してくれたフロントの女性に話を聞いてみた。すると、彼女も彼をフロントにしてから「それ以上はわからない」、というのだ。彼は、彼女から会員登録し、「今まで憧れで尊敬しているあの人の側でずっとビジネスを見ていたし、彼からビジネスを教わるんだ」と、話していたらしい。


 その後、彼女は彼の事を友人達から調べてくれた。

 彼女と二人で彼の一人暮らしのアパートを訪れたが誰も住んでおらず、また彼の実家にも行ったが、彼は家を出てから帰っているどころか、ご両親も連絡が取れなくなってしまったと言う。

「本当に家族思いで真面目で良い子だったんです。でもねずみ講みたいな事したい、なんて言うから驚いちゃってね。……あの子は、元気なんですよね?」

 お母様の言葉に、俺達は返事が出来なかった。


ーーーーーー


 ネットワークビジネスで成功してスピーチで呼ばれた時に、俺は憧れていた彼に再会して、こう言われた。

「あの“就職活動みたいなスーツ姿の男”が登りつめてきたな!良い物を身に纏え。あと引っ越しをしろ。都内で更に良いマンションが良い。環境が変わればもっと上へ行きたくなる。」

 その時は、俺も彼の言うとおりにしたかった。しかし多忙過ぎた当時の俺は、物件を見に行くゆとりも、良い服を買う時間も、体力もなかった。


 しかし、逆に生活水準を上げていなかった事がせめてもの救いだと思っている。


 地方から出てきた時の大学生時代からのボロアパートに戻ってきた。家賃や更新料は口座からの引き落としだったから、気が付けばこのアパートには十年近く住んでいる事となる。しかし、実際はネットワークビジネスを始めてから、マッチングアプリでの女性の家、ホテルやらフロントの家を転々としていた為、二十代半ばから、この部屋にあまり帰ってきていなかった。

 製品の納品ですらフロントの家に届けて貰っていたし、洗濯や風呂もフロントやホテル。ある意味、ずっと営業回りしていた。

 狭いリビングに寝転がると、掃除もしていなかったのでホコリが目立った。

 身体を起こして、ホコリを被った掃除機を引っ張り出して部屋を掃除した。冷蔵庫の中の物や、台所の調味料等を全てゴミ袋へ入れて、ごみ捨て場に捨てに行った。そのまま近所の薬局で、洗剤やらスポンジと菓子パンとペットボトルのお茶を購入して帰宅し、菓子パンとお茶を飲んでから家中をまた掃除した。そのまま洗濯機を回し、風呂に入った。その後、また深夜のコンビニへインスタントラーメンと発泡酒を買いに行った。

 ラーメンをすすり、発泡酒を飲んでテレビをボーッと観ていたら、ふ、とスーツが俺の目に入った。スーツに近いてみると、これまたかなりホコリを被っていて、更にカビまで生えていた。

「……は、ははは。」

 俺は、静かに笑っていた。しかし何故か泣いてもいた。

「はははっ……。」

 もう声は出なくなっていた。声を殺して泣いていた。

 そこから一週間はiPhoneは単なる時計代わりとなり、俺は何もしない、誰とも連絡をとらない一週間を過ごした。


 そしてそのまま、ネットワークビジネスの会員登録を解除した。

 俺の救いは、横の繋がりの多いチームだった事だろう。下へ下へのチームだったらこうはいかない。自立しているフロントが多くて助かった。一応連絡が取れる範囲のネットワークビジネスの仲間には、ビジネスを辞める事と足を洗う事を連絡した。


 そして、俺はアラサーにして始めて、真面目に就職活動を始めた。

 大卒からのフリーター。職務経歴上の空白部分は痛かった。人事からの冷ややかな目、冷たい対応。「ネットワークビジネスやっていた」なんてはっきり伝えた時の空気感。

 それでもなんとか「大卒」という肩書きと、逆に「ネットワークビジネスでずっと営業職をしていた」と、いう事で今の会社に内定を貰う事が出来た。

 大変だしストレスも多いが、ネットワークビジネスと比べると、追うのは自分の数値だけで良いし、他人の数値が会社の未来の数値や売り上げ繋がるので、ライバル心やら上昇志向なんて無くなってしまった今の俺には、メンタル的に有り難い。

 

 確かに金は、あるだけあった方がいい。


 でも今の俺にとって、本当の豊かさは時間と心のゆとりなのだ。


 そこそこの金でいい。


 働ける所があれば、それだけで充分。


 社畜、最高かよって感じだ。


ーーーFinーーー

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ビジネスの寄生虫 あやえる @ayael

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