第2話 治療開始
2週間後、楓花とお母さんは再びクリニックを訪れていた。楓花の手には、楓花が毎週熱心に見ている流行りのアニメのクリアファイルが握られている。以前病院でもらったファイルは半透明で中身が見えるのが恥ずかしかったようで、自分のお気に入りのファイルを引っ張り出してきたのだった。ファイルの中にはここ2週間の夜尿経過が書かれている。初めてクリニックに提出するのに毎晩夜尿だと立つ瀬がない。一応自分なりに取水制限などもやってみたが、あまり普段の結果と変わることはなかった。14日間で8回の夜尿があった。楓花の診察の番になり、ファイルから管理シートを取り出して先生に渡した。
「比嘉さん、2週間きちんと記入できたんだね、まずそれが偉いよ」
先生は必ず褒めるところから始めてくれる。はじめて来た時も、良く勇気を出してきてくれたねと褒めてくれた。前の総合病院のようなイヤな緊張感はない。先生は楓花のシートを看護師さんに渡してコピーをとっておくよう指示した。
一度待合室に戻って、再び診察室に呼ばれた。前回の検査の結果、管理シートの結果から今後の治療方針について話があるようだった。検査結果は以前の通院時と変わらず混合型の夜尿症ということだった。
「比嘉さん、お母さん、今後の治療方針なんですが…」
「はい」
楓花もお母さんも神妙な顔をして先生の次の言葉を待つ。もしも、「治らないんで諦めてください」とでも言われたらどうしようかと内心ヒヤヒヤしていた。
「アラーム治療を試してみませんか?」
お母さんはアラーム治療のことを知っていたようで、うんうんと頷いている。楓花は前にもらったパンフレットでチラッと見ただけで、実際にどんなものかはよく知らない。
「先生、アラーム治療ってどんなことをするんですか?」
「アラーム治療というのは…」
先生はとても丁寧に説明してくれた。水分を感知するアラームを専用のパッドにつけると、夜尿が出た瞬間に大きな音が鳴って起こしてくれるという機械らしい。続けていると夜尿が出る前に自分で起きてトイレに行けるようになる。海外だと割とメジャーな治療法らしが、日本ではあまり広まっていないらしい。過去には1週間で効果が出始めたという話を聞いて、お母さんも楓花も俄然前のめりにやる気になった。
「今はアラーム治療のメリットばかりお伝えしましたが、もちろんデメリットもあります。効果が出る保証はありませんし、何より毎晩起きるのは比嘉さんにとって大きな負担にもなります」
「先生、それでもやりたいです!」
たった2,3回の診察だったが、楓花は先生に全幅の信頼を寄せていた。先生が提案してくれることなら、なんとか頑張ってやりたいと強く思った。ここまで自分の主張をする楓花を見るのはお母さんも初めてだった。大きくなってもおむつがとれる様子がない楓花を見て、この子は本当におねしょを治す気があるんだろうかと悩んだものだった。お母さんは、最初の診療の時の先生の言葉を思い出していた。
「夜尿って、命にかかわる病気とかではないんですけど、子供の心に大きな傷を残すことがあるんですよね。自尊心の発達にも大きく関係します。ウチの子は夜尿が出ても平気な顔をしていて…と話す親御さんもいらっしゃいますが、実際に子供たちと話すとそれは間違いだったりするんです」
楓花が待合室で管理シートの書き方を看護師さんから聞いている間に、診察室で先生に呼び止められた時に言われた言葉だった。
「わかりました。比嘉さんがやるというのであれば、アラーム治療でいきましょう。継続が大事ですから、一緒に頑張っていきましょう!」
診察を終えて待合室で待っていると、先生から指示を受けた看護師さんがやってきてアラーム治療の具体的な方法を教えてくれた。
「横失礼しますね」とニコっと微笑んで楓花の隣に座って説明を始めた。看護師さんの手にはスマホの半分くらいの大きさの機械と、三つ折りになった尿取りパッドのようなものが握られている。パッドの方を楓花に持たせて、感触などを確かめさせた。
「これがピスコ―ルの受信機で、夜尿が出るとこの機械から音声が流れるのね。鳴ったらここのボタンを押すまでアラームが鳴り続けるの」
~♪ 看護師さんは実際にアラームのサンプルを鳴らした、音に反応して待合室にいた何人かは楓花たちの方を見た。全員夜尿症で来院しているのは頭で理解していても、手にパッドを持って説明を聞くのは恥ずかしい。私がこのパッドを今晩から使うってみんなわかってるんだと思うと、つい恥ずかしくなってしまう。
「次に、これが送信機で、この小さな機械を毎回パッドに取り付ける、と」
看護師さんは、一度楓花に持たせたパッドを手に取り中を開いて見せた。楓花がいつも使っているおむつと変わらないような吸収帯の構造をしている。今まで使ってきたおむつやパッドと異なるのは、少しゴワゴワするようなシートが裏面についていることだった。看護師さんは、送信機をカパッと開いて、パッドの端っこを挟むとグッと力を入れて取り付けた。
「あとはパンツとかおむつの中に入れちゃえばいいからね。比嘉さんも一度自分でやってみよっか」
「はい…」
楓花は赤面しながらもう一度パッドを受け取った。診察室に向かう小学生が何度もこちらを見ていたのは気のせいではないと思う。楓花は履いてきたスカートのシワをなおして、膝の上に開いたパッドを乗せた。看護師さんから受け取った送信機を開き、パッドの端に挟んで同じようにグッと力を入れると、パチッと音がして送信機がついた。
「うん、それで大丈夫!じゃあ今晩からがんばってね」
看護師さんはパッドとピスコ―ルを手に持って診察室に戻っていた。
気付くとお母さんが受付の横で手招きしていた。
「お母さんカバンと荷物あるから代わりに受け取って」
お母さんは自分のカバンとピスコ―ルが入っているだろう紙袋を手に持っていた。袋にピスコ―ルと記載がないのは、会社かクリニックの気遣いなのだろう。
「比嘉さん、これね」
受付のお姉さんから、見覚えのなる大きなパッケージを受け取った。表面には、「トレーニングパッド」と書かれており、パッドを開いた状態のイラストも載っている。楓花が初めてクリニックに来た時、制服を来た高校生くらいの女の子が大きなリュックサックに詰めていたやつだ。あんな大きなカバンを持参していた理由が今になってよくわかる。こんなパッケージを手に持っていれば、私はおねしょでおむつを使っていますと大きな声で宣伝しているのと同じだ。楓花は、せめてもの抵抗として、クリニックを出て駐車場まで歩く間、家に着いて玄関に入るまでの間は「トレーニングパッド」の文字が内側を向くように手に持って歩いた。2階の自室にパッドのパッケージを置くと、存在を忘れようとするかのようにワークを開いて宿題に取り組み始めた。
「お母さん、今日はパンツ用意しといて!」
「はいはい…」
いつもお風呂上りはノーパンでハーフパンツを履いている。どうせおむつを履いて寝るので、ベッドに入るまでの数時間のためにパンツを履くのはめんどくさいという理由だった。お母さんも余計な洗濯物が増えるよりはその方がいいと黙認している。今日からはパッドをパンツにつけて寝るので、寝るまでパンツで過ごせる。お風呂に入る前に楓花は高らかにお母さんに宣言して脱衣所に向かった。お風呂上がりの楓花はどこかご機嫌な様子だった。パンツ+おねしょパッドというのも小学生の時に試したことはあったが、寝相の悪い楓花にはあまり良い選択ではなかった。漏れることが多く、結局パックの半分も使うことなくクローゼット行きとなった。
午後11時を過ぎ、楓花は寝る準備をして自分の部屋に戻ってきた。ベッドに腰かけて、部屋の隅に置いたパッドのパッケージを見た。横にはいつも履いている「はくパンツ」と書かれた大人用の紙おむつのパッケージが並んでいる。おむつ以外で寝るのは何年ぶりだろうとふと思い返していた。パッケージを足元に引き寄せ、びりっと開封した。病院で習ったようにパッドを開いて送信機をつける。アラームの受信機は、鳴ったらすぐに止められるようにスマホを充電する枕元のスペースに並べて置いた。
お母さんが置いておいてくれたパンツは普段楓花も学校に履いていくショーツだった。意を決してパンツを膝まで下ろす。送信機を取り付けたパッドからシールを2枚剥がし、生理用品と同じようにショーツに張り付けた。少し接着が甘いようで、何度か手でぐいぐいと押した。ギャザーを立ててパンツを引き上げると、少しゴワゴワした感触があった。尿を感知するための薄型のセンサーのせいで、感触は紙おむつほどは良くない。気になって一度姿見でパッドを当てた姿を映してみたが、見様によってはただの生理用品にも見えるし、おねしょパッドにも見える。送信機のついたところはぽっこり膨らんでいた。楓花は大人しくハーフパンツを履いてベッドに入った。
ピピピピ!ピピピピ!
想像以上に大きな音に驚いて楓花は飛び起きた。少し緊張感があったのか、眠気を感じることなく起きることができた。勉強机の目覚まし時計に目をやると、2時30分を指していた。アラームを止めて意識を自分の体に戻すと、下半身のじっとりしたイヤな感触に気づいた。今までは、すべて朝起きてからおむつの濡れた感触でおねしょしたことに気づいていた。何時ごろおねしょが出ていたかはわからなかったが、毎朝おむつの冷たさで目を覚ましていた。
「おねしょって、あったかいんだね」
アラームが鳴ってすぐに飛び起きたので、このおねしょは今出たばかりということになる。楓花は、はじめて自分のおねしょがあったかいということを知った。朝になって冷たくなったおむつも不快だったが、出たばかりのおねしょも湿気が多く不快なのは変わらなかった。起きたばかりの楓花には尿意がなかったので、どうやらすべてパッドに出し切ったようだった。先生の話によると、アラーム治療の効果が出始めるとおねしょが出ている途中で目が覚めるようになるらしい。楓花にとってはそこまでは長い道のりになりそうだ。
楓花はベッドから立ち上がるとハーフパンツを下した。暗いままで見えなかったが、触った感じだと漏れてはいないようだ。ハーフパンツを脱いだ体制のまま体をひねってあかりを点けた。ハーフパンツにもシミはついていなかった。パステルカラーのショーツの上から触ってみると、溢れんばかりのおしっこが吸収されている。ショーツを膝の上まで下ろし、タプタプであたたかい状態のパッドを外した。楓花は忘れないうちに送信機を外し、丸めてからハカリに載せた。
「2時半、355グラム」と追加でもらった管理シートに記入した。そのままパンツで寝るかどうか一瞬悩んだが、まだ2時半ということを考えて念のためおむつを履くことにした。開封したばかりのトレーニングパッドを横目に、半分ほど減っている紙おむつのパッケージから1枚取り出し、サッと履いてもう一度ベッドに入った。
14歳の夜尿治療 はおらーん @Go2_asuza
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