ぼくらのこと

なとり

 かれの翼はほんとうに美しくて、まっすぐで、空をとぶようだった。

 だからぼくはそんなかれのことが大すきになったのだ。


「ジッタ、そろそろ交代してくれる?ちょっとからだがこっちゃった」

「もちろん。ついでにすこし泳いできたら?」

「ダメだよ。こないだだってミナさんが君のとこねらいにきてたじゃん。もうすぐ生まれてきそうだし、君が他のところへなんて行ったら、僕」

「だからそんな心配しなくていいってば。ほら、早くそこどいて」

 石ころを積み上げた巣に腹ばいになっていたフィンはのそのそと起き上がる。その下にあるころんとしたぼくらのだいじなたまごが白くつるりと光った。

 ぼくはその上に、フィンがしていたのと同じようにうずくまる。

「おなか空いてない?まだごはんの時間じゃないのかな」

 なにげなくぼくはフィンにそう聞いたけど、フィンはずっとだまったままだ。

「どうしたの?フィン。ぐあいでも悪いの?」

「……どうしてさあ」

「?」

「どうして、きみはそんなにやさしいわけ?」

 うつむいたまま、フィンは小さい声でぼそぼそ言った。

「……どうしてって、きみのことがすきだからだけど」

 ぼくはこたえる。

「だって僕は、リリーさんから君をとったんだよ」

「またその話?それはもうすんだじゃない。フィン、きみ多分いまおなか空いてるんだよ。きみはおなかが空くといつもかなしいことを考えがちだから」

 ぼくは内心またいつものか、とおもって、フィンを気づかった。おなかが空くときげんが悪くなるのがフィンのくせなのはほんとうだから。

 けれどフィンはとつぜん大声を出した。

「ちがうってば!!」

 あまりにとつぜんだったので、ぼくもまわりで巣を作っている他のカップルたちもおどろいてびくっとなった。

 フィンの目つきはとてもするどくて、そしていまにも涙がこぼれそうだった。

「ちがうってば……」

 こうなったらしばらくまともに話ができないので、ぼくはフィンを巣の後ろの岩のはしっこにそっと連れていかねばならないのだった。

 フィンはあとはなにも言わず、ただぐすぐすと鼻をすすり、伏せていた。

 しばらくしてごはんの時間がきた。ぼくはほっとしながら、フィンを連れて魚を食べにいった。


 フィンがぼくより少しだけ、なんというか、繊細なのは、つきあったときから知っている。フィンはその細くとがったフリッパーと同じように繊細で、ぼくがそれをからかうと見ためよりもずっとつよい力でぼくをたたくのだ。ぼくはそれがいとおしくてしかたがない。

 けれどどうもここのところ、フィンの心配性とか神経質が以前にもましてひどくなっているような気がする。でもぼくが気楽すぎるような気もする。ぼくはもともと鈍感なたちで、すこしのこまかいことには気づけないのだ。もしかしたらぼくはしらないうちにフィンのことを傷つけているのかもしれない。


 つぎの日、ぼくは友達のグレーデンのところにいった。グレーデンとおくさんはすこし前に子育てがひと段落ついたばっかりで、そんなにピリピリしていることもないはずだ。

「どうした、ジッティ。最近全然こっちに来てくれなかったじゃないか。あ、もしかしてお前ら、子供生まれたのか!?」

「ああ、うん、いや、それがリリーとじゃないんだ。彼女とはわかれて、いまはフィンとつきあってる」

「フィン?あの小さくていつも怒ってばっかりの奴か」

「そう、でかれといまたまご温めてるんだ」

「ほんとか!?おめでとう。ってお前、フィンはたしか男だろ。そこら辺の奴らから盗んできたのか?」

「いや、ちがうよ」

 ぼくは自分より大きいグレーデンを見上げながらせつめいする。

「ぼくたち、そこらへんのカップルよりずっとまじめだったよ。フィンに想いをつたえるときだって、石ひとつほかのやつらから盗んだことなんてない。それはフィンも同じだとおもう。いくら待ってもたまごが生まれなかったからって、ぼくもフィンもほかのを盗るなんてぜったいしないよ。ただ……」

「あ?」

 ぼくはおもわず言葉を言いよどむ。

「いや、その、ある日気づいたらうちの巣のなかにたまごがあったんだ」

「は?」

「ビックリでしょ?もちろんぼくは盗ってないし、うんだ心あたりもないんだ。フィンもそうだって言うんだよ。それでぼくたち、しばらくこまってたんだけど、いまのところぼくたちのたまごもできないし、どうせならそのたまごを温めようってなったんだ」

「……そりゃあ、大変な話だったな」

「ありがと。いやそれもそうなんだけど、フィンがそのあたりからずっときげんが悪いんだよね。ぼくは鈍感だから、フィンがなんで怒ってるのかぜんぜんわからなくてさ」

「もともとそういう奴なんじゃないのか?小さなことでも叫んだり他の奴に八つ当たりしてるじゃねえか」

「うーん。なんというか。たしかにフィンは繊細なところはあるとおもうんだけど、でも小さくてもちゃんと怒る理由があるんだ。魚を取られたとか、つまづいて転んじゃったとか、ぼくにからかわれたとか」

 ぼくは話しながら、フィンのことをおもいうかべておもわずふふっとわらってしまう。うん、あいつはかわいいやつだ。

 そんなぼくをグレーデンがじっと見下ろしている。呆れたような半目だ。いやもともとこういう顔か。

「……お前、ほんとに心あたりないんだな?」

「ないからきみにきいてるんじゃないか」

「あのさジッティ。一つ聞いていいか?リリーとはどうして別れたんだ?」

「きみも知ってるとおり、リリーとぼくはもとからさめてたろ。ぼくのほうから告白したけど、ほら、ぼくら、うまく子育てできなかったから」

 ぼくとリリーはそのとき、おたがいはじめてつきあったもの同士だった。しばらくしてリリーはたまごをうんだけれど、それはいつまで待ってもまったく孵らなかった。ぼくたちはひどく不安で、苦しくて、そしてそれをどう扱っていいかわからず、しまいには見て見ぬふりをしてしまった。それからリリーは急げきにぼくへの関心をなくして、しばらくしたらカロンというみんなからアピールされるようなモテモテのやつのところへいってしまったのだ。

 考えているうちに、昔のことをおもいだしてぼくはかなしくなってきた。こんなたよりない男じゃフィンも怒るに決まってる。リリーみたいにフィンもぼくをすててしまうのだろうか?

 きっとぼくのしっぽもフリッパーも力なくしょんぼりしていただろう。グレーデンはしばし考えこんでから言った。

「どうもさっきから考えてるけどよ、やっぱ原因は一つにしか思えねえんだけど」

「え!?わかるの?なに!?」

「どう考えてもそのたまごだろ」

 ぼくはまだピンときていない。こんどこそやれやれといった顔でグレーデンはくちばしを振る。

「フィンはお前が浮気してると思ってるぞ多分」

「は!?」

「ハじゃねえよ。あとさ、お前もフィンが浮気したってちょっと思ってねえか?」

 虚を、つかれた。

「お前のことだから心から疑ってるんじゃないだろうけどさ。他の女と作ったたまごを持ってきたとか、多分向こうも同じこと思ってんじゃねえのか。でも相手がその女のこと捨てても自分との関係を作ろうとしてくれた、とでも思ったからおまえらは互いになにも言わずたまごを温めてるんだろ」

「……」

 ぼくはかんぜんに言葉をうしなってしまった。フィンのことはわからないが、ぼくのことはおおむねそのとおりだったからである。

「ばかばかしい。夫婦喧嘩は犬も食わないってな。犬なんか見たことないけど。早く話し合ってこいよ」

 グレーデンは大きなフリッパーでぼくのことをバン、とたたいた。キングペンギンの力はしゃれにならないんだからやめてほしい。

 と、そのとき。

「ほら!!!!!やっぱりじゃん!!!!!」

 ききなれた大きな声がした。

「フィン!たまごは!?冷えちゃう!」

「君はやっぱり、僕なんて、僕がたまごをうめないから、そうやって」

「ちがうんだって!っていうかグレーデンとはさすがにムリだよ!」

「失礼だな!」

「グレーデン!話ややこしくしないで!!大きさのもんだいだから!!」

「「大きさが合ってればいいのか!!」」

 フィンとグレーデンがそろってさけんだ。

 こうしてぼくらはふたりして巣にもどった。


「……え?じゃあリリーさんやミナさんとのたまごじゃないの?ほんとに?」

 いぶかるフィン。

「ほんとだって。っていうかぼくこそたまごがうまく作れないからだだからきみがほかの子と作ってきてくれたんじゃないの?」

 ぼくがおもわず返すと、フィンはいつものするどい目をして言う。

「そんなわけない。僕は君とのたまご以外ありえないってなんども言ってるだろ」

 そ、そんなにはっきり言われるとてれちゃうな……。

「え、でも、そしたら、このたまごは」

 フィンはしずかに言った。

「……僕らのだよ。僕のでもジッタのでもないかもしれないけど、僕らの巣に来たんだから僕と君のだ。もうそれでいいじゃないか」


 それからほどなくして、たまごはぶじに孵った。

 ぼくらは協力していっしょうけんめい、ヒナにごはんを食べさせた。

 子供はどんどんおおきくなって、いまはぼくとフィンのあいだでかわいいフリッパーをぱたぱたうごかしている。

 どうやらフリッパーはフィンのに似ているようだった。

 少なくともぼくには、そうみえた。

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