スノードーム

七夕ねむり

スノードーム

 振り返って私を呼ぶ声が好きだと思った。

鈴を転がしたような声、柔らかい笑み、それから陽だまりのような性格。名前通り天音は多分生まれる前から神様に好かれている。

「凛ちゃん」

「天音」

「ぼーっとしてどうしたの?」

私を覗き込む丸い瞳が影を落とす。きらきらした美しい瞳に不似合いな影だった。

私が何を考えていたかなんて、この子は本当に知りたいのだろうか。いや、知ってしまうつもりがあるのだろうかという方が正しいのかもしれない。

綺麗なものしか知らないような彼女を前にすると、私は意地が悪くなる。天音は私のことが好きなのだといつも言うけれど、それが私と同じ色だとは思ったことがない。どれだけ唇を、体温を、言葉を重ねても多分それは同じになることはないのだとなんとなしにそう思う。

私と天音は根っこのところからが全て違うのだ。


 天音を誰にも取られないように考えていたのだと、私は半分本当で半分嘘の答えを口にする。

どろどろに濁った感情は胸の奥深くに沈める。私は天音が好きな、優しくてサバサバとした恋人の新山凛として回答した。いくら沈めようともすぐに湧き出してくるそれには気がつかないように、慎重に。

「どうしたの?何か不安なことがあったの?」

私だけに特別甘い音が、心配そうに差し出される。そうじゃないよと否定してにこりと笑って見せた。


そうじゃない、そんな可愛いものじゃない。


「でも凛ちゃん本当に元気がなさそうなんだもの」

柔らかい温度で私の指先を絡め取って、何でも言って欲しいなと天音は照れ臭そうにへにゃりと笑った。

「私、凛ちゃんの一番近くにいたい」

本当よ。

そしてすぐに大真面目な顔をして言った。一番なものなんて凛ちゃんだけでいいの、と。

一生懸命言葉にする彼女はやっぱり美しくて、私は自分とどんどん離れていく気がしてしまう。

何も知らない彼女。私があなたを何処かへ閉じ込めてしまいたいと言ったらどうなるのだろう。その柔らかい頬も指先も、唇も全部。


「ありがとう。 私も大好きよ」


 彼女は嬉しそうにへらりと眉を下げる。あどけない桃色の頬がふわりと染まる様はやっぱり美しくて、眩かった。

輝く姿はいつも私の真ん中にいる。それなのに実際はひどく遠い気がする。

可愛らしくて、純粋で、真っ白な彼女の周りをきらきらが際限なく降っている。きらきらと目を焼くような輝きが粉雪のように降っている。

私はその棘一つ無い硝子に触れないように、自らを隔たりの外に置くのだ。彼女が何者にも汚されないように。

そしてそれは私自身にも。

「ずっとずっと一番近くにいるわ」

あなたのきらきらがぎりぎり届かないこの場所に。

「約束よ、絶対よ」

念を押すように天音は小指を差し出す。私はゆっくりとあやすようにそれを絡め取りながら、笑ってみせた。




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スノードーム 七夕ねむり @yuki_kotatu1

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