第42話 奇貨

「開拓地域に足を延ばすのは、少々難しいかもしれないな」

「やっぱり認可が下りないかしら? フォアライトの審査は厳しいとは聞いていたけれど」

「それもあるが……。いや、そういう話になるのか」

 テオは顎に手を当てて、何か考え込んでいるようでした。

 どうやら、調査に向かうにはフォアライトの許可を得なければならないようです。誰のものでもない土地に出かけるためにどうして誰かの許しが必要になるのか、私には分かりませんでしたが、人の世は往々にしてそういうものなのだということは分かり始めていました。

「そもそもフォアライトが開拓地域への立ち入りを制限しているのは、それだけ開拓地域が危険に満ちているからだ。準備の足りない開拓者が入っても成果は見込めない……どころか最悪の場合、無駄死にすることになる。志のある開拓者を失うことはギルドにとっても損失になるから、未然に防ぐための措置を講ずるのは当然のことだ」

「ええ、分かるわ」

「とは言え、門前払いばかりしていても成果は上がらないし、人も育ってはゆくまい。だから普段はある程度のリスクは容認しているのだが……」

 テオはそこで言い淀みました。どう言ったものかと悩んでいるように見えました。そんな彼の様子を見て、ルチアは発言を先取りするように言います。

「私たちに不適格な点があるのならそう言ってちょうだい。女二人のパーティじゃ認可が下りないのだったら、それはそれでまた手を考えるわ」

「ああ、そういう訳ではないんだ。……実はここ最近、開拓地域での生物の活動が活発化しているという情報が入ってきていてな。正直、認可済みも含めた全ての入域申請を差し止めることも視野に入っているくらいだ」

「あら」

 テオはばつが悪そうに言いました。

「生物の活発化って、魔獣が凶暴になっているとかかしら?」

「だと思うが」

「思う?」

 ルチアが追及すると、テオはさらに気まずそうに顔をしかめ、やがて開き直ったように言います。

「帰ってきていないんだ。ここ最近開拓に入って行ったきり戻ってこないことが多い―――もう何度も経験がある腕利きの連中でさえ。ギルドは開拓使が集めてきた情報を分析するだけで、そもそも開拓使が帰還しなければどうしようもない。今俺たちに分かっているのは、とにかく今の開拓地域はということだけなんだ」

 私は合点がいきました。

 テオは『何もわからない』と口にするのを躊躇っていたのでしょう。それは開拓使たる彼らにとって、敗北宣言以外の何物でもないはずです。

「なるほどね」

 ルチアは目当ての言質を引き出したかのように、満足げに頷きました。

「要は、よく分からない危険な何かがあって、みんなして様子を窺っているというわけね」

「我々とて、ただ手をこまねいているつもりは毛頭ない。ちょうど今、知る限りの実力者たちに召集をかけていて、じきに対応にあたる精鋭パーティが組まれるだろう。だから……」

 新参者の相手をしている暇はない、とテオは言いたいのでしょう。

 鷹揚で奔放な第一印象に反して、彼は慎重に言葉を選んで話しているようでした。彼の本来の気質がそうなのかもしれませんし、あるいは状況がそれだけ切迫しているということかもしれません。

 とにかく、彼は何とか穏便に私たちの開拓地域入りを断念させたいのです。

 もちろんルチアがそう簡単に折れるわけもありません。

「聞いたかしら、エリー。運が巡ってきているわよ」

「……どういう意味です?」

 私が聞き返すと、テオも同調しました。

「だから、今は開拓地域に入るのは難しいと……」

「ええ。そのためにパーティが組まれるのよね? つまり私たちでパーティを組めば、私たちとフォアライトの目的が摩擦なく一致するわ」

「……待ってくれ。ただのパーティじゃない、選りすぐりの少数精鋭パーティだ。今までの実績がある者は別として、恐らく志願者には厳しい選抜テストを課すことになる」

「あら。じゃあ話は簡単ね」

 ルチアはテオの説得に全く耳を貸す様子がありません。

 それどころか、非難めいた視線を送るテオに対し、妙に挑発的に視線を送り返すのでした。


「その選抜テストに、エリーが合格すればいいってわけね」

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天使の囁きとエルフの受難 浜真砂 @h_manago

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