第41話 会談
「話に入る前に、まず自己紹介をさせてもらおう。以前は慌ただしくてろくに名前も名乗れていなかったのでな」
テオは自信ありげな、有無を言わさぬ仕草で口火を切りました。
「俺の名はテオドール・ファインスタイン。主な仕事はフォアライトの臨時随行員……ということになるのだろうが、警備や見回り、配達、失せ物探し、頼まれれば何でもやっている。気軽に声を掛けてくれ」
「ファインスタイン……」
ルチアが思案げな顔で彼の名前を呟きました。
「テオで構わない。堅苦しいのはあまり得意じゃないんだ」
「それは失礼。似た名前の知り合いがいたものですから」
彼女はいつもの、猫を被った慇懃な口ぶりで答えました。
こう考えると、彼女も案外人見知りなところがあるのかもしれません。もちろん私に対するような、悪戯っぽい態度の方が素だとすれば、ですが。
「では次に私から。ルチア・ルインと申します。職業、というほどでもないですけれど、各地の遺跡を調査して回っていますわ」
「遺跡、というのは、大戦期の?」
「ええ」
「となると、もしや宰相殿の依頼を受けている学者先生というのは、ルチア殿のことか」
「ご存じだとは光栄ですわ」
ルチアは意外そうな顔をして、私も多少なりとも驚きました。
学者先生、などという仰々しい呼び方があまりにルチアの印象とかけ離れていたせいもあるでしょう。
「いや、宰相お墨付きの特許旅券を持った人がいるという噂を聞いただけなのだが。それにしても、まさかこれほど艶麗な女性だとは。……そうとは知らず、ご無礼を」
テオは思い出したように急に居ずまいを正して、ルチアに向けて軽く頭を下げました。
「あら。堅苦しいのがお苦手だったはずでは?」
「……やはり慣れないことはするべきではないな。生来こういった性分ゆえ、砕けた口調を許してもらえるだろうか」
「ふふ、もちろん。私もあまり肩肘張るのは疲れてしまうから。これからは普通に話してもいいかしら」
そう言って崩したルチアの表情は、いつもよりは自然な笑顔に見えました。
テオの方も、堅苦しいのが苦手だという言葉は嘘でないようで、ルチアの態度にほっと息をつきました。
「それじゃ、次はエリーの番よ」
「あっ、はい」
ルチアは唐突に私の方を向いて言いました。
両方ともに面識があるとはいえ、確かに私も名乗らぬわけにはいかないでしょう。しかし、私は内心密かにこうなるのを恐れていたのです。
「ええと、私はエリーゼ……エリーゼ・ノイマンです。……どうぞよろしく」
「よろしく、エリーゼ。君とはトロエスタで一度会っているが、こんなところで再開するとは思っていなかった」
「わ、私もです」
私は目を泳がせながらも何とか相槌を打ちました。
テオの目が暗に語りかけてきます。その意味するところは分かります、私が何者なのかを知りたいのでしょう。しかしそれこそ、私が最も答えに窮する問いなのでした。
「……エリーとは旅の途中で偶然出逢ってね。それ以来、調査の助手のようなことをやってもらっているのよ」
「そうだったのか」
私の救難信号を受け取ったのか、ルチアは珍しく素直に助け舟を出してくれました。
「ええ、トロエスタではたまたま私に用があって一人で過ごしてもらっていたの。それで、次は開拓領域の調査に行きたいと思ってここに来たのだけれど……」
「ふむ。やはりか」
テオは真剣な顔つきになり、顎に手を当てました。
私には初耳の話でしたが、ここは黙っていることにしました。もとより私が聞かされていなかっただけで、ルチアはそのつもりだったのでしょうが。
「フォアライトに顔が効くようでしたら、口聞を頼んだりもできるのかしら?」
「……………」
そんなにあけすけに言っても良いものでしょうか。私は不安になりましたが、ルチアに任せることにします。
テオは眉間に皺を寄せ、難しげに唸り声を上げました。
「どうだろうな。今は少し、難しいかもしれん」
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