第40話 再会

 山に近くなるにつれて、シオンの中心部にあった健やかな活気はどんどん鳴りをひそめ、代わりにどこか殺伐とした、剣呑な雰囲気が濃くなっていきます。


 具体的にどういった点が、という問いに答えることは容易ではありません。恐らくはっきりと口にできるものではないのです。そう、例えば曲がり角の陰で何かを言い交わしている二人の男、その声の出し方、独特の身振りの使い方。例えば辺りで一等高い物見台のような建物、その小さな窓にちらつく人影。そういうところに滲んでくるものです。

 その雰囲気の発信源がフォアライト本部そのものであることに気付くのに、そう時間はかかりませんでした。

「エリー、いいかしら?」

 実に簡素ながら、飾り気のなさがかえって重苦しさを感じさせる扉の前で、ルチアは私に向かって尋ねました。

 何について問うているのか私には分かりませんでした。私の心の準備でしょうか。

 彼女がわざわざそう尋ねるからには、何がしかの訳があるのでしょうが、その訳を知らぬ私にはよいとも悪いとも言い難いだけでした。

 そうしてやや躊躇してぐずついていると、聞いたことのある声が投げかけられました。

「おや! 君は確か……」

 剣呑な空気を突き破るかのような声の主は、はっきりと私の顔を認めながら、やがて怪訝な顔をしました。

「……そういえば名前を聞いていなかったね? 俺のことは覚えているだろうか」

「もちろんです、テオさん」

 私が胸ポケットから彼の筆跡の残された紙切れを取り出して見せると、テオは筋張った顔をほころばせました。

「まさかそんな走り書きをまだ持っているとは思わなかったな」

「捨てる理由がなかったものですから。この節ではとてもお世話になりましたし、いつかお礼をと思っていたんです」

「なに、その元気な顔が見られればそれが最上のお礼になる。……しかしこんなところで出会うとはね。あれから妹君はお変わりないかな?」

 私は一瞬言葉に詰まりました。

 トロエスタに向かう途上でテオと出会った時、彼は私とセシリエを歳離れた姉妹だと勘違いしていたのでした。その時はタイミングがなくて誤解を解かずにいたのです。

「えっ、エリーに妹なんていたの? 私、聞いていないわ」

 ルチアはわざとらしく驚いた風に言いました。彼女はこういう好機を決して見逃しません。

「私というものがありながら、他所にも妹を作っていたなんて……。あなたがそんな節操なしだったとは思わなかった!」

「一体何の話ですか。っていうか妹を作るって何ですか」

「……よもや君たちがそういう関係だったとは。いやはや、俺もそれなりに見聞を広めてきたつもりではあったが、未だ知らぬことばかりだ。改めて自分の未熟を思い知ったよ」

「ちょっと待ってください、ひどい勘違いが生まれようとしています」

 無論テオはルチアの茶番に付き合っただけのようで、すぐに「すまない」と破顔しました。どうやら頭の痛いことに、テオとルチアの相性は良いようです。

 テオに初めて会ったときには、朗らかで実直な気質は変わりませんが、もっと生真面目で堅物な印象を受けました。今の彼は力の抜けた馴染みやすさがあって、恐らくはこちら方が素に近いのでしょう。

 やがてテオは咳払いして、私たちに後ろの建物を視線で示しました。

「これもまた一つの縁だ。もし時間があれば、話を聞かせてもらえないだろうか。力になれることもあるだろう」

 後ろの建物の一階は、あまり外からは目立たないようになっていますが、喫茶店のようでした。

 私はルチアと視線で合図を交わしてから頷きました。

「ええ、ぜひ」

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