栗饅頭ロワイアル ~彩酉中学校おやつ研究会狂騒曲~

東美桜

栗饅頭ロワイアル

「……あ」

 蝉の声がうるさい忍者屋敷の一室に、中学生じみた呟きが響いた。五対の視線が注がれるのは、低い机の上に置かれた栗饅頭くりまんじゅう。山ほどあったはずのそれは、既に大きな皿の上、ぽつんと一つだけ取り残されていた。食べるとも譲るともつかない視線が四つ、あやとりのように交錯する。小さく息を吐き、銀髪をツインテールにした少女が口を開いた。どこか幼い顔立ちから、薔薇ばらの花弁のように鮮やかな言葉が溢れ出す。

「――食べたい人、挙手」

 刹那――天井に突き上げられるのは四つの手。赤髪ポニーテールの少女、青髪ショートヘアの少年、緑髪を三つ編みにした少女、金髪を背中で括った少年。年の頃は全員、中学生くらいだろうか。銀髪の少女はまず、赤髪の少女に視線を向けた。女子制服の白いセーラー服の襟が揺れ、桃色の大きな瞳が目を惹く。

「――紅城あかぎ。譲る気は?」

「ないわ」

 頷き、銀髪の少女は青髪の少年を一瞥する。男子制服の半袖ワイシャツ姿は爽やかで、切れ長の黒い瞳は知性を感じさせる。

「――蒼前そうぜん。お前は?」

「ありません」

 それを確認し、今度は緑髪の少女を見やる。泣き黒子が垂れ目がちの目元を飾り、セーラー服の襟とスカーフが夏風に揺れる。

「――宇緑うろく。どうだ?」

「な、ないよ」

 頷くのを見届け、最後に視線をやったのは金髪の少年だった。日焼けして整った顔立ちが笑い、サイズ大きめのワイシャツの胸元から緑色のTシャツが覗く。

「――小金井こがねい

「無いっス」

「そうか。わかった」

 全員の意思を確認し、銀髪の少女は重々しく頷いた。しばし目を閉じたのち……勢いよく座布団から立ち上がる。蛍光色のリストバンドが嵌められた片手には、どこから取り出したのか、煙玉。

「ならば、我が彩酉いろどり中学校おやつ研究会の掟、バトルロワイアルだ。美味しくおやつを食したあとの恒例行事――最後の一つは

 ぴたり、嘘のように蝉の声が止む。四人の視線がナイフのような鋭さを帯びる。真冬のように凍りついた空気の中、彼らはそれぞれに立ち上がり、胸の前で手を握り合わせた。

「――望むところよ!」

「やってやりましょう」

「が、頑張る……!」

「覚悟しろっスよ!」

「全員、準備はいいな」

 全員の瞳を一つずつ見つめ、銀髪の少女は頷く。煙玉を高く掲げ、息を吸い――獲物を見つけた狼のように、獰猛に微笑んだ。

「それでは彩酉いろどり中学校おやつ研究会会長・とどろき冴奈さえなが命じる。【最後の栗饅頭くりまんじゅう】を賭けて戦え。フィールドは忍者屋敷、参戦人数は五名、勝利条件は相手の気絶及び降参。制限時間は特に設けない。禁止事項はいつも通り『これは、おやつ研究会のやることなのか』という問いだけだ。さぁ、誰かに食べられる前に――戦闘開始ッ!」

 高らかな宣言と共に、煙玉が放たれる。五人はそれぞれに飛び退り、武器スタンガンを抜く。

 ――斯くして決戦の幕は切って落とされた。



 部屋に充満する煙の中、紅城あかぎは腰のベルトから警棒状のスタンガンを抜いた。目を閉じ、煙の中の気配に意識を集中させる。不意にカッと目を見開き、座布団を飛ばして左へと地を蹴った。

「――そこッ!!」

「甘いっスよぉ!」

 しかし、サーベル型のスタンガンに受け止められる。弾き返されたかと思えば、背後に人の気配。晴れゆく煙の中から拳銃型のスタンガンが飛び出す。それを回避し、紅城あかぎは背後の人影の腹に向かって蹴りを入れた。

「はぁっ!」

「きゃ……!」

 高い声は宇緑うろくのそれ。蹴り上げた足を中心に煙が晴れていく。緑髪の三つ編みが揺れ、セーラー服と紺のスカートの制服姿が露になる。彼女はよろけながらも踏みとどまり、もう一丁スタンガンを取り出した。そのままガンカタの構えを見せ、注意深く紅城あかぎの動向に目を凝らしはじめる。彼女に向けて畳を蹴ろうとした刹那――背後から猛獣のような気配。

「よそ見はいけないっスねぇ!?」

「――小金井ッ!」

 背後から襲ってくる大柄な気配に、紅城あかぎは迷わず横に跳んだ。茶机を蹴り、反対側に出る。そのまま残った一人、青髪の影に突進する。対し、彼はポケットに手を突っ込んでいたが――彼女が目の前に迫った瞬間、何気なくゴーグルを装着した。

(――まずいッ!)

 飛び退ろうとして、スタンガンを持った腕を掴まれた。もう片方の手がポケットから伸び、紅城あかぎの鼻先に突きつけられる。それは「催涙」と記された、白いラベルのスプレー缶――。

「――栗饅頭くりまんじゅうを貰うのは俺です。紅城あかぎ先輩、これで終わりです」

「終わって……たまるかァ!」

 叫び、スタンガンのスイッチを入れた。棒状のスタンガンを手首だけで振り、勢いよく蒼前そうぜんの腕に叩きつける。刹那、蒼前そうぜんの全身に走るのは100万ボルトの電圧。

「ばばばばばばばばっ!?」

 蒼前そうぜんの悲鳴が響いた。蒼白そうはくな電流に包まれた蒼前が全身を痙攣けいれんさせ、白目をいた。その口からは白い泡が、小さなかにのように溢れ出す。

「ふふ。クールぶってるところ悪いけど、こっちも負けられないの」

「ばばばばばばばば……!」

「にしても何度見ても楽しいわ……クールぶってる蒼前そうぜんが真っ先にやられて泡吹くの。ギャグでやってる?」

「ばばばばばば……ば……」

 変な悲鳴が徐々に希薄になり、唐突に途切れる。どさり、膝から崩れ落ち、蒼前そうぜんは動かなくなった。幾度か肩を揺すり、動かないことを確認し……紅城あかぎは小さく息を吐いた。

「全く……面倒かけさせるんじゃないわよ……」

 スタンガンのスイッチを切り、ポニーテールを揺らして反対側を一瞥する。


「オラオラオラァ! どーしたその程度っすか!?」

「ぐっ……やっぱり小金井くん、強い……!」

 サーベル型と二丁拳銃型のスタンガンが交差する。三つ編みとスカーフが揺れ、金髪とアロハシャツが風にはためく。交錯する電流、バチバチと響く鋭い音、視界を焼く白い光。息を止めて気配を消す紅城に意識を払う余裕もなく、腕とスタンガンが風を切る。

栗饅頭くりまんじゅうを食うのはッ! この俺っすよぉ!!」

「速い、強い……けど、負けられないッ!!」

 不意に宇緑うろくの腕が勢いよく突き上げられ、小金井のスタンガンを弾き飛ばす。はっと目を見開く彼の腹に、彼女はスタンガンを強く押し当てた。

「あばばぼぼべべべべ!?」

「ごめんなさい、小金井さん……栗饅頭くりまんじゅうのために、負けて……!」

「べべべべべぼぼぼぼぼ!」

 悲鳴を上げて泡を吹く小金井を眺め、紅城あかぎはふっと笑みを吐き出した。蒼前そうぜんより面白い気絶の仕方。以前から、小金井は気絶の仕方には定評があった。できれば、紅城あかぎ自身が電流を押し付けて気絶させてやりたかったところだが――音もなくスタンガンのスイッチをオンにし、片足を引く。


「――はあッ!!」

「ッ!?」

 反動を使い、紅城あかぎは座布団を蹴って飛び出した。宇緑うろくが反射的に小金井を投げ捨て、スタンガンを彼女に向ける。ポニーテールと三つ編みが風にはためき、小金井の引き締まった腹が踏みつけられる。

「グェッ」

「あとは二人だけだね……! 悪いけど、負けない、よッ!」

「そんなの、こっちの、セリフよッ!! 栗饅頭くりまんじゅうを、貰うのは――この、私ッ!!」

 スタンガンが交錯する。紅城あかぎの棒が押し戻され、宇緑うろくの拳銃が片方飛ばされた。はぁ、はぁ、と宇緑うろくの息遣いが響く。紅城あかぎの首元をじわりと汗が流れ、それでも彼女はそれを振り払うようにスタンガンを突き伸ばした。風を切り、鋭い軌道を描き、突き上げるように放たれたスタンガン。それは正確に宇緑うろくの喉元に押し当てられ――青白い稲妻が、その肌の上を疾駆した。

「ぴゃあああああああっ!? ぴゃ、ぴゃあああああああっ!!」

 小鳥が鳴くような悲鳴が、忍者屋敷の一角に響き渡る。垂れ目がちの瞳は白目を剥き、全身は青白い雷に打たれて痙攣けいれんする。小動物が泣き叫ぶような悲鳴を聞き、紅城あかぎは思わず半目で呟いた。

「……あんた、悲鳴すら可愛いってどういうこと?」

「ぴいいいいいいい……い……いっ」

 どさり……と軽い音を立て、倒れ込む宇緑うろく。それを見届け、紅城あかぎはスタンガンのスイッチを切った。小さく息を吐き、天井を見上げる。

「終わったわ……これで、栗饅頭くりまんじゅうは私のもの――ッ!?」

 ――気配。反射的に振り返ると、背後の壁が。半回転の向こうで銀髪のツインテールが華やかに揺れる。ニヒルな笑顔、ベーシックなタイプのスタンガン。一気に全身の血が下がっていく感覚に、紅城あかぎの脳裏に電撃が走る。

(――そうだった、ここだったッ!)

 回避行動をとる間もない。はためく銀髪は疾風の如く、伸ばされた白い腕は迅雷の如く。気付いた時には喉元にプラスチックの感触――そして、目の前を雷鳴がよぎった。

「い……いあああああああっ!!」

 視界いっぱいに雷が広がり、全身を白い輝きが包む。全身が痙攣けいれんし、喉元から意識が焼けていき……ぱちりと電球が切れるように、ふっと意識が暗転した。



「……ふぅ……今回も私の勝ちだな」

 スタンガンのスイッチを切り、くるくると指先で回す。夏風に銀髪のツインテールが揺れ、我に返ったように蝉の大合唱が響く。華やかに鳴り響くそれはファンファーレのように、勝者たるとどろきを讃えるように。背後には未だにゆらゆらと動いているの仕掛け。それを眺め、ニヤ、と彼女は不敵に笑った。


「最後に勝つのは、いつだって会長たる私だ」


 皿の上の栗饅頭くりまんじゅうをつまみ、口に放り込む。ほのかな甘みと季節の移ろいを思わせる香ばしさに、とどろきは夏みかんが弾けるような笑顔を浮かべるのだった。

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